「仰有る通りです」
「虚無僧には、きっと秘密があるものですわ。昔からそうなんですッて。その秘密をお探しなさるといゝわ。下男の弥吉じいやに、おききあそばせ」
 そう言いすてると、お梨江は、自分の言葉にあわてた様子で、電光石火、逃げてしまった。
「あの方が、気絶した令嬢ですか。壺の中の蛇にねえ。気絶ですか」
 新十郎は、つまらぬことを呟きながら考えこんだ。ふと気がついたらしく、
「兄の満太郎さんも、何かいいたげの様子でしたよ。あの兄妹はなにか訴えたいことがあるんですねえ。とにかく、弥吉じいやをよんでみましょう」
 弥吉は六十に手のとどく、当家で最古参の使用人であった。病死したお梨江の実母には赤誠をもって仕えた忠僕であった。
「じいさん。ご苦労さまだね。こまったことになったなア。お前も心痛のことだろうよ。ところで、お嬢さんがお前に訊いてくれといって、大そう慌てた様子で逃げて行かれたんだが、田所さんという洋行帰りの油絵師に、どんな秘密があるのだえ?」
 弥吉は新十郎を見つめていたが、
「お梨江嬢さまが私にきけと仰有ったのですね?」
「そうだよ。ハッキリ、そう仰有ったよ」
 弥吉はゆっくり、う
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