坂に住んでいるのである。
星玄は加納邸の警備に当っていた巡査の中から、古田鹿蔵という老巡査がいるのを知ると、大よろこび、
「お前がいたのは何よりだ。一ッ走り、神楽坂の新十郎どんをつれてこい。それ、急げ。もっと走れないか。ノロマのモウロクたかり」
そこで鹿蔵は一生ケンメイ走った。彼は元々結城新十郎附きの巡査なのだ。新十郎に用があると、駈けつけるのが役目であった。
新十郎は旗本の末孫、幕末の徳川家重臣の一人を父にもったハイカラ男。洋行帰りの新知識で、話の泉の五人分合せたよりも物識りだ。それに鋭敏深処に徹する大々的な心眼を具えている。
彼の右隣りに住んでいるのが、泉山虎之介であった。虎之介は町道場をひらいているが、警視庁の雇いで、巡査に剣術を教えるのが商売の一つである。
虎之介は馬鹿の一念、凝り性であるが、特別探偵に凝っている。心眼をこらしてジッと考えこむのが愉しくて仕様がないという因果な男だ。そこで犯罪ときくと、商売をおッぽりだして現場へ駈けつける。弟子の巡査どもをおしのけて、一番前へでると、先ず深呼吸、ヘソの下に力を入れてツブサに観察し、静かに心眼を用いる。しかし彼の心眼はヤブ
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