にしようじゃないか、ともちかけた。
典六は大いによろこんだ。こッちから頼みたい話を先方から持ってきてくれたのだから、喜ぶのは当り前である。さッそく神田正彦をよんで話をつたえる。神田は加納五兵衛と対立して天下を二分する大政商、加納が上泉善鬼と結ぶに対し、対馬典六と結んでいる。この相談をうけて、一も二もない。神田は典六以上によろこんだ。
こうして、両々対立するに至ったから、いずれからともなく秘密がもれて、政界裏面の秘事は消息通の耳にもきこえるようになり、かねて海舟もきき及んでいた。
さてX・Z両国が対立するに至ったから、売られた喧嘩は買うのが人情、X国がアッサリ政府の申出に応じて五百万ボンドかしてくれたかというと、そうではない。なかなかウンと云わない。この理由はいろいろと取沙汰されて、世間では、X国大使チャメロスが加納五兵衛の娘お梨江(当時十八)に執心で、総理上泉善鬼にその意をほのめかしたから、善鬼と五兵衛が汗水たらしてお梨江を口説き、ついに平身低頭して頼んだけれども、お梨江は、
「オトトイおいで」
と、学習院の卒業生にあるまじき言葉を用いて、てんで問題にならなかったという。
実際はXの内政がヒヘイしていて、Zの攻勢に応じられない弱身があったというのが事実のようだ。しかし、当時の人々はお梨江のせいにして、これが評判であった。
そのときの秘話として、次のようなことを世間では伝えている。娘ッ子を口説くにも、外交談判と同じように、時々、世間話などもして打ちとけたフリをしなければならないから、善鬼は懐中から蝋マッチという秘蔵の品物をとりだしてみせて、これはチャメロス大使からもらった舶来のポスポル(マッチのこと)であるが、日本のポスポルとちがって、どこでこすッても火がつく。西洋でも甚だ珍奇なものだ、といって、一本をお梨江に与え、一本を自分の靴の底ですって点火してみせた。
「まア、珍しい品物。ちょッと、オジサマ」
と、お梨江は目をかがやかせて、イスを立って進みでると、アッとおどろく善鬼のハゲ頭を片手でおさえて、力いっぱいマッチをこすった。お梨江の期待に反して火がつかないから、
「アラ、ウソつきね」
と云って、お梨江はマッチを投げすててしまった。善鬼はカミナリ大臣とよばれて、癇癪もちで有名であったが、ここぞカンニンのしどころ、蝋マッチに一文字をひいたハゲ頭に湯気もたた
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