場の扉をあけて、消えてしまった。
だが、彼はとうとう這入らなかった。トルコ人の姿が消えると、ふりむいて階段を降りた。その理由は――彼は丸ビルへくる電車の中で、すぐれて美しい女学生を見たのである。目のさめる美しさだった。彼の心は激しく動いた。
これでアラビヤへ行こうなどとは、大嘘だと思ったのである。そうして丸ビルの階段を降りながら、生れてはじめて本当のことをした感動で亢奮《こうふん》していた。これから、いつも、こうしなければならない、と自分に言いきかせながら歩いていた。
その日から、彼は悟りをあきらめてしまった。龍海さんは巴里密航の直前に、女に迷って、行方不明になってしまった。そうして、生死が、わからない。
底本:「坂口安吾全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1990(平成2)年2月27日第1刷発行
底本の親本:「炉辺夜話集」スタイル社
1941(昭和16)年4月20日発行
初出:「文体 第二巻第五号(五月増大号)」
1939(昭和14)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
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