が、余の告訴に対し世人は挙げて余を罵倒したのである。諸君はよく余の悲しみを計りうるであろう乎。
賢明にして正大なること太平洋の如き諸君よ。諸君はこの悲痛なる椿事《ちんじ》をも黙殺するであろう乎。即ち彼は余の妻を寝取ったのである! 而して諸君、再び明敏なること触鬚《しょくしゅ》の如き諸君よ。余の妻は麗わしきこと高山植物の如く、実に単なる植物ではなかったのである! ああ三度冷静なること扇風機の如き諸君よ、かの憎むべき蛸博士は何等の愛なくして余の妻を奪ったのである。何となれば諸君、ああ諸君永遠に蛸なる動物に戦慄せよ、即ち余の妻はバスク生れの女性であった。彼の女は余の研究を助くること、疑いもなく地の塩であったのである。蛸博士はこの点に深く目をつけたのである。ああ、千慮の一失である。然り、千慮の一失である。余は不覚にも、蛸博士の禿頭なる事実を余の妻に教えておかなかったのである。そしてそのために不幸なる彼の女はついに蛸博士に籠絡《ろうらく》せられたのである。
ここに於てか諸君、余は奮然|蹴起《けっき》したのである。打倒蛸! 蛸博士を葬れ、然り、膺懲《ようちょう》せよ、憎むべき悪徳漢! 然り然り
前へ
次へ
全13ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング