るであろう。異様なる臭気は諸氏の余生に消えざる歎きを与えるに相違ない。忌憚《きたん》なく言えば、彼こそ憎むべき蛸である。人間の仮面を被り、門にあらゆる悪計を蔵《かく》すところの蛸は即ち彼に外ならぬのである。
 諸君、余を指して誣告《ぶこく》の誹《そしり》を止《や》め給え、何となれば、真理に誓って彼は禿頭である。尚疑わんとせば諸君よ、巴里《パリ》府モンマルトル三番地、Bis, Perruquier ショオブ氏に訊き給え。今を距ること四十八年前のことなり、二人の日本人留学生によって鬘の購《あがな》われたることを記憶せざるや。一人は禿頭にして肥満すること豚児の如く愚昧《ぐまい》の相を漂わし、その友人は黒髪|明眸《めいぼう》の美少年なりき、と。黒髪明眸なる友人こそ即ち余である。見給え諸君、ここに至って彼は果然四十八年以前より禿《は》げていたのである。於戯《ああ》実に慨嘆の至に堪えんではない乎! 高尚なること※[#「木+解」、第3水準1−86−22]《かしわ》の木の如き諸君よ、諸君は何故彼如き陋劣漢《ろうれつかん》を地上より埋没せしめんと願わざる乎。彼は鬘を以てその禿頭を瞞着《まんちゃく》せんと
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