伝いをする子供だから、片仮名も書けないけれども、ませていた。
 分教場の主任は教師の誰かを下宿させるのが内職の一つで、私の前には本校の長岡という代用教員が泊っていたが、ロシヤ文学の愛好者で、変り者であったが、蛙デンカンという奇妙な持病があって、蛙を見るとテンカンを起す。私のクラスが四年の時はこの先生に教わったのだが、生徒の一人がチョークの箱の中へ蛙を入れておいた。それで先生、教室でヒックリ返って泡を吹いてしまったそうで、あの時はビックリしたよ、と牛乳屋の落第生が言っていた。彼が蛙を入れたのかも知れぬ。お前だろう、入れたのは、と訊いたら、そうでもないよ、とニヤニヤしていた。
 この主任は六十ぐらいだが、精力絶倫で、四尺六寸という畸形的な背の低さだが、横にひろがって隆々たる筋骨、鼻髭《はなひげ》で隠しているがミツクチであった。非常な癇癪《かんしゃく》もちで、だから小心なのであろうが、やたらに当りちらす。小使だの生徒には特別あたりちらすが、学務委員だの村の有力者にはお世辞たらたらで、癇癪を起すと授業を一年受持の老人に押しつけて、有力者の家へ茶のみ話に行ってしまう。学校では彼のいない方を喜ぶの
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