と清楚な美人だ。ある日マリマリ嬢がデパートをぶらぶらしてゐたら、重荷をぶらさげて歩きなやんでゐるマダムを認め、荷物を半分持つてやつた。店まで持つてきてやつて、コーヒーの御馳走にあづかるうちにマダムが好きになつて、人手が欲しいといふから、手伝ふことにしたのださうだ。両親にはかうは言つてゐないのである。新聞広告を見てでかけたと云つてゐる。店ももつと大きくて、女がたくさん働いてゐるやうなことを言つてゐるのだ。
「なんだつて本当のことを言はないのだね。その方が両親は安心するのに」
「あら先生のお説ぢやなくつて。本当のことはくだらないつて。さうよ。本当のことなんて、みぢめだつて、先生書いてらしたぢやありませんか。その流儀よ、私も。嘘つて、悪いことぢやないんですもの。あら、マダム、マダムにも嘘ついてたけど、ごめんなさいね。お父さんが病気で働く人がゐないんだなんて、でも本当は病人みたいなものよ、昔をなつかしむばかりで、今を咒ふばかりで、今の中に生きることを知らない人は病人よ」
「うむ。当つてゐる」
「さうでせう。先生の流儀はみんな暗記してるんですもの。私は貧乏がきらひなのよ。パパもママもその流儀のく
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