、そんなあさましいことを、どこへお書きになつたんですか。頼みもしないのに自分の勝手で子供をこしらへて、子供が大きくなつてからあゝしちやいけないかうしちやいけないなんて、子供をこしらへる前後のことを考へたら羞しくなりませんか、なんて、先生、よくまアそんなあさましい入れ智恵をなさつたものねえ」
「それは見上げたものだ。真理ぢやないですか。そこであなたはどういふ言葉で答へましたか」
「どういふ言葉もあるものですか。夫婦だのパパだのママだのと偉さうな顔をせずに、よそのオヂサンやオバサンたちと恋愛でもしてみたらいゝのに、だとか、離婚したこともないくせに一人前の顔をするなんてバカバカしいや、だなんて、先生の御本にはちやんとさう書いてあるんだなんて申しましたよ。女房よりはオメカケの方がはるかに高い生き方だなんて、先生、よくまアそんな」
「分りました。思想に於て拙者の高弟といふわけですな。実践の事実に就ておきかせ下さい」
「その方面がどういふものだか、僕らには分らないんでね。たゞ娘の宣言によると、これから恋愛をはじめるさうでね、してみると、まだ恋愛はしてゐないといふことになる。そこで君にお願ひに上つたわけで」
「お願ひだなんて、あなたは勝手なお喋りはよして下さい。私はお願ひなんて致しませんのよ。私は先生に要求しますのよ。先生、うちのチンピラを昔の娘にかへしてちようだい。断じて。絶対に。私は承知しませんよ」
「それは無理ですな。時間はこれをかへすあたはず、です」
「時間ではありませんよ。娘ですよ」
「その方でしたら、こゝにもう一人お生みになつて、理想的に育て直すことですな。失敗作はやむを得ん、これに手を入れてみてもタカが知れてゐるので、全然新しくやり直す、いや、別個の作にとりかゝる、これが文学の方法です」
「文学ではありませんよ。娘ですよ。私みたいなお婆さんに子供が生れるものですか」
「よろしい。しからば拙者があなたの失敗作に筆を加へることに致しませう。しかし、おことはりしておきますが、私は私の文学を偽ることはできないのだから、あなたがかうして欲しいといふ筆の入れ方は私にはできない。私のやり方は、あくまで、私の作品として間違つた点だけ直す。私の思想を曲解してゐる点だけ直す。そのために、あなたの期待とあべこべの結果になつて、あなたの判断では今よりもひどいダラクと思はれる方向へ行くかも知
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