ふことがない。満足することがない。たのしむことがない。大先生がこれぞ最上の妙味と称して珍重するものは、退屈しないといふことなんだな。君はさつき大先生にセップンしたが、セップンも一つの方法としてはよろしいが、セップンそれ自体がエロサービスだといふ観念は浅薄通俗、大先生の学説以前のものだ。大先生はエロサービスも好きだけれども、一人でねころんだり、旅行に行つたりするのも好きだ。さういふ時には一人といふものゝなかにも、なつかしいエロサービスがあるのだね。ほんとのエロサービスとはさういふもので、存在自体をむやみにひけらかすよりも、邪魔にならないといふこと、更に極上のものは退屈させないといふことだ。分りましたか」
「先生」
手をひろげて、ふわりと顔がちかづいた。
「ホテルへ泊りにつれて行つて。先生。私、先生、好きなのよ」
マリマリ嬢はタイタイ先生の顎のあたりへ頭を押しつけて髪の毛をごしごしこすつた。
まつたくもつて大先生は醜態そのものであつた。諾否いづれを答ふべきか、長時間にわたつて全然返答のいと口もつかめないのだ。大先生の学説は言下にミヂンにフンサイされてゐるのである。あさましい限りであつた。
「さア、出よう。帰らうや」
大先生は返事をごまかして、座敷からマリマリ嬢を突きだしさうな邪険なことをした。マリマリ嬢はくすぐつたいのをこらへるやうに身体をちゞめてクツクツ笑つたが、大先生をふりむいた目は澄んでゐた。
「先生、ずいぶん無理するのね。ほんとは泊りに行きたいくせに」
大先生はもはや芸をだしきつて、やむなく怒つた顔によつて威厳をとりつくろつた。然し顔付に似合ふやうなうまい返事がでゝこないので、黙つてグイグイ押しやつて勘定を払つて外へでた。
「君のお店まで送つてあげるから別れよう」
「えゝ」
しばらく沈黙がつゞいてから言つた。
「先生も案外ウブなのね」
「学説に反したかね」
「反した方がいゝのよ、あんな学説。私、ほんとはダラク、きらひよ。先生も、ダラクしちや、いやよ」
「よろしい。しない」
「まア、うれしい」
マリマリ嬢は大先生にだきついてセップンした。そして、もう、いゝわ、さよなら、と云ひ残して駈け去つてしまつた。
したがつてタイタイ大先生は観察の結果に就てマリマリ夫妻に全然報告を送らぬことにした。「不肖の弟子につき破門」といふハガキを書いてみたこともあつたが、
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