の天智帝の時に当ると私は思っているのです。
そして大和から追われた嫡流の皇子は故郷たるヒダへ逃げこんで戦って亡されました。それが大友皇子にも当るし、聖徳太子か、太子の嫡男たる山代王にも当るし、日本武尊《やまとたけるのみこと》にも当る方で、神話中の人物にもその分身はタクサンありますが、日本の中ツ国を平定するために天照大神に命ぜられてタカマガ原から日本の中ツ国へ降りてきた天のワカヒコのミコト、下界で恋人ができて一向に命じられた平定事業にとりかからぬので天照大神の投げた矢で胸を射ぬかれて死んでしまう。その方などにも当っております。天智以前の天皇記と神話は嫡流をヒダへ追って亡して大和中原を定めた庶流が、その事実を隠したり正当化するために、神話から三十代ぐらいまでの長い天皇物語をつくって、同一人物や事件に色々と分身をつくって各時代に分散させて、これを国史と定めた。だから古代史を解くのは探偵作業に当ります。殺人犯がいろいろ偽装すると同じような偽装事業として成ったものが最古の国史であるから、その偽装やアリバイを史書から見破るのが古代史を解く作業で、それはタンテイという仕事の原則と同じくよい加減な状況証拠でなくてハッキリと物的証拠をだしてやってゆかねばならぬ。過去の史家はこの分りきった偽装の方をうのみにして、これを真実の物としていました。そして、それに反する史料が現れると理窟ぬきでそれは国史に反するもの、マチガイを書いた偽書偽作ときめつけていたものです。
たとえば万葉の歌に、ミヤコから美濃と尾張の境にちかいククリの宮の恋人のところへ通うのに木曾の山を越え美濃の山を越えて、とよまれています。そんなバカな道順があるものか。大和飛鳥の都からククリの宮へ行くには奈良や京都や伊賀や近江を越えるかも知れんが、美濃の山や木曾の山はその向う側じゃないか。てんで話にならぬバカ歌だ。地理を心得ぬこと甚しい。こう云って一笑両断、バカ歌のキメツケを与えて一蹴してしまう。それが過去の歴史の在り方です。しかし天智天皇よりもちょッと前まで都はヒダや信濃にも在ったにきまっているのです。それはこういうアベコベの地理やマチガイ年号を書いているバカ歌やバカ本や金石文等の数々を見ればすぐ分るのです。
そういうわけで、ヒダの王様が大和飛鳥へ進出して中原を平定したのだから、奈良朝以前の、つまり現存の国史の書かれた以前に於てそのミヤコをつくったのはヒダのタクミであったのは当然ですし、また、彼らが大和飛鳥へ進出以前の首府としていたヒダの古京にもヒダのタクミの手になる宮殿も仏寺も(すでに仏寺もあった筈です)したがって日本最古の仏像もあったに相違ないのです。
ヒダの王様が大和へ進出する前に大和飛鳥に居た王様は物部《もののべ》氏でしたろう。これは四国の方から進出してきたもので、追われて後は、また四国の方と、伊豆や東国へと逃げた。そして彼らを追っ払ったヒダ朝廷の庶流が嫡流をヒダまで追い落して亡すと、物部一族をなだめすかして味方につけ同族の一派、功臣というような国史上の形をつくってやった。結局、ヒダだけがその後のかなりの期間大和朝廷に敵意を示し、朝廷を手こずらせもし、その憎悪もかりたてたようです。その秘密は記紀の記述からタンテイ作業によって見破ることができます。以上は文春本誌九月号の新日本地図にやや具体的にタンテイの結果を書いておきましたが、いずれ本格的なタンテイ録、物的証拠のヌキサシならぬ数々をハッキリと取りそろえて、偽装のカラクリの下に隠れている真相を論証して、お目にかけるつもりです。しかし、それまでには相当の時間がかかると思います。
天武天皇も持統天皇もヒダ王朝出身の皇統に相違ないのですが、嫡流を亡して、故郷のヒダを敵にしたから、しばらくの期間はヒダのタクミたちを召しだしてミヤコづくりの手伝いをやらせるのに差支えがあったように思われます。いろいろと手をつくしてヒダの土民のゴキゲンをとりむすんで、奈良京の終りごろにはどうやらヒダにも国司を置いて税をとることもできるようになった。
平安京をつくる時にはヒダからとる税はヒダのタクミだけです。山国のヒダに物資が少いせいもあったかも知れませんが、ヒダのタクミの必要は甚大で、毎年百人ずつのタクミをヒダから徴用し、他にはタクミの食う分の米だけ取りたてているにすぎない。
この徴用タクミはよく逃げた。それは必ずしも過去の感情の行きがかりのせいばかりでなくて、他の国から召しだされた税代りの奴隷や使丁もよく逃げたし、土地に定着している農民まで税が重いので公領から逃亡して、私領へ隠れたものです。タクミもミヤコ作りの仕事場からさかんに逃げたが、故郷へ帰ると捕われるから、私領へ逃げる。諸国の豪族や社寺はタクミの手が欲しいからこれをかくまって厚遇して仕事をして
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