ったのだ。
 その日の新聞では、発見者の仁吉という少年が再び取調べをうけた記事がでていた。
 仁吉は浮浪性と盗癖があった。また平気でウソをついた。中学一年の筈であったが、小学校を卒《お》えてからは通学を中止していた。小学校の六年間も半分は欠席しており、欠席中は家に居らずに野宿して放浪し、盗み食いをしたり、乞食をしているらしかった。家には酒乱で怠け者で貧農の父がいて、むやみに仁吉に当りちらかした。母は死んで、父と仁吉の二人暮しであったが、仁吉は家に居ても叱られるばかりで、食事も満足に与えられなかった。
 仁吉はその晩サヨの小屋の附近に野宿した。翌朝、サヨの小屋の戸があいているので、食べ物をさがしに侵入して、サヨの屍体を発見したのであった。
 仁吉が再度の取調べをうけたのは、今となっては彼の証言が唯一の頼みであったからだ。放浪性と、盗癖と、嘘言癖のある仁吉のことだから、深い理由もなく、ただ警察をきらって、知らぬ存ぜぬで通していることが考えられる。話し声や人の姿を聞いたり見たりしていないかと必死のカマがかけられた。ムダであった。
 仁吉は鄭重《ていちょう》に扱われ、取調べの中間には一室で安息させられ、おいしい弁当が与えられたりした。しかし仁吉は一人ぽっちになると、かえって涙ぐんで、こんな唄をうたった。

[#ここから2字下げ]
山が赤くなりまた雨がふるのか
哀れよ、オレはひとりもの
赤い山の風がオレよ
雨よ
山の風の中を走るなよ
風は泣いてる
ひとりもの

風よ 風よ どこへ行くのよ
東の山に突き当り
西の山にすりむかれ
西も東もくらくなり
風よ
何も見えないよ
ああどこへ行くのよ
[#ここで字下げ終わり]

 学校は欠席がちだが、仁吉は読み書きが達者であった。彼が涙ぐんで唄ったのは、自作の詩であった。それが新聞にのっていた。
 人見はそれを読んでいたく感動した。花井は去年の六年の受持であったから、仁吉に教えたわけだ。彼は花井に会って、仁吉という少年の生い立ちや性質を訊きたいと思った。世間が取沙汰しているのは、仁吉の表面的なものにすぎないと思ったからだ。
 けれども、彼は思いだした。この事件以来、花井は彼に対して妙によそよそしかった。路上で行き会ったときには、曲りようもない田舎道だというのに、細いアゼ道へムリに曲りこんだこともあった。
 まさか彼が犯人ではあるまいが、あの断言を怖れているのかと人見は思った。そして彼も花井の顔を見るのが気の毒で、彼の方もとッさに顔をそむけるような始末であった。
 ところが、その晩のことである。毛里という県都の新聞の特派記者が訪ねてきた。そしてその晩行われた一問一答は、やがて新聞に次のように報ぜられた。
「殺人の行われた日の夕刻あの部落を通りすぎるのを見たという者があるが」
「それはデマだ」
「何人も証人があるが」
(診療日記を調べたのち)
「あの部落のも一ツ奥の落合というところに急病人があって往診に行った」
「帰宅したのは何時ごろか」
「夕食をよばれてから辞去したが、おそくとも八時半ごろには帰ったと思う」
「兇行はその日の夕刻から夜半までの間と発表されているが」
(蒼ざめて無言)
「翌朝兇行の現場へ行ったか」
「里村巡査に頼まれたから行った。村で唯一人の医師として当然のことだ」
「現場に唯一人で居たことがあったか」
「里村巡査が電話して戻るまで、彼の依頼によって一人で残った」
「そのとき何か拾ってポケットへ入れたそうだが」
「デマも甚しい」
「多くの証人がそれを見ている」
「証人の名を言いたまえ」
「多くの少年がそれを見ている」
「それはまちがっている。自分がしたのは着物をもってきて屍体にかぶせたことだ。そのとき着物の間から何か落ちたから、手にとってみるとトランプのハートのクインであった。自分はそれを片隅へ投げすてた。それを誤解したのであろう」
「それを捜査本部へ通告したか」
「通告しない」
「なぜか」
「重要なことではないと思った」
「勝手に屍体に着物をかぶせたり、落ちたトランプを投げすてたりして、現場の様子を変えたことが重要だと思わないのか」
(無言)
 新聞記事の一問一答はこれで終っていた。このあとに附言して、当局はこれについて追求するものと思われる、とあった。決定的な容疑者扱いであった。
 毛里記者が一問一答しているときは、こうではなく、村ではこんなことを言ってる者があるが、まさかあなたが犯人だなぞとは誰も思ってやしません、まア笑談《じょうだん》のつもりで御返事下さい、というような打ち解けた素振りであった。
 人見ははかられたと思った。ワナに落ちた狐のように顛倒した。逃れる道がないように思った。

          ★

 ただちに逮捕拘引されるかと思ったのに、まる三日間は全然音沙汰がなかっ
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