々しく見えた」
「サヨは目をとじて蒼ざめた顔をしたか」
「目をとじたら、一そう神々しい笑顔に見えた。オレはサヨに云われた通り力いっぱいヘソを刺して、それから下へ引いた」
「サヨは悲鳴をあげたろう」
「一度も悲鳴なんかあげない。突き刺したとき、かすかにウッとうめいて、オレが短刀を引き下して抜いてから、よろめいてドスンと倒れた。しばらく苦しんでもがいたが、一度も叫ばなかった。サヨは苦しみながらオレに云った。仁吉は男だ、我慢しろと云った」
「それはどういう意味か」
「痛いのはしばらくだ、じき楽になるから、とまたサヨはオレに云った。そして、しばらくたつと、サヨは本当に楽になって、笑いをうかべた」
「そして何か云ったか」
「その笑い顔が挨拶の言葉だということがオレには分った。そしてサヨは死んだ」
「なぜサヨが殺されているとウソをついて届けたのか」
「サヨがそうしろと教えて死んだからだ。オレは一人で誰にも見せずに穴を掘って埋めると云ったが、そんなことはするなとサヨは云った。生涯生き恥をさらしたから、ハダカの死に姿をさらして死に恥もかきたい、と云った。みんなにハダカ姿を見せたいと云った」
「罪ほろぼしに死に恥をかきたいと云ったのだな」
「ハダカで死にたい、ハダカがいとしい、ハダカを見せたい、とその後で云った」
「お前はサヨを殺したことを後悔しているか」
「サヨは喜んで死んだ。最後にサヨの喜ぶことがしてやれたからオレはうれしい。だからオレはもう死にたいと思う」
★
短刀は仁吉の云った場所から現れたし、仁吉の着衣には血を洗い落した跡があることも判明したから、彼の告白が真実であるときまってこの事件は解決した。
ただこの事件の副産物として、淫乱女の死を予言した花井訓導の発狂という事実がとりのこされていた。
花井は人見医師が平戸先生を全裸にして辱しめたという理由で復讐のために附け狙い、またその辱しめを受けた平戸先生は汚れながら生くべきではないという理由で殺すために附け狙った。
そのために彼の発狂が人々にもわかり、彼は精神病院へ送られた。
仁吉が下手人と判明したとき、花井は捜査本部へ怒鳴りこんできた。仁吉はデタラメを云っているのだ。彼の教師だった自分だけが彼に本当のことを語らせることができるのだと云って、仁吉に会わせてもらいたいと強要した。それを拒絶されたとき、彼はこう叫んで世を呪った。
「最もいまわしい汚れた女が殺されたために、大金を費し、良民に迷惑をかけて犯人を探すことがすでに奇怪である。肉体で支払いをした女も、その支払いをうけた男も、畜生であって、人間ではない」
彼は人を殺しまた裁くことだけ知っていたが、自分を裁くことは知らなかった。それが彼の云う人間であった。畜生は自分を裁いて死んだ。
底本:「坂口安吾全集 13」筑摩書房
1999(平成11)年2月20日初版第1刷発行
底本の親本:「群像 第八巻第一号」
1953(昭和28)年1月1日発行
初出:「群像 第八巻第一号」
1953(昭和28)年1月1日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2010年5月19日作成
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