子だし、お宅サマの息子はもう孫娘に首ッタケでね」
「ウチの倅は大学生ですよ」
「孫娘も女学校に通ってましたがね。あの病気では、どうせ学校はムダですわ」
「まだ通ってますよ」
「早いとこ、やめた方が得でなかんべか」
「私の倅はキチガイに見えますか」
「孫娘も見えなかろうがね。発作の起きた時でなければ分りましねえ」
「倅は病人ではありませんよ」
「気取ることなかんべ。内輪同志ですわ。それに、あなた、二人はもう出来てるかも知れねえだよ。いずれまた、ゆっくりお話いたすべい」
 バアサンは二人をケムにまいて堂々と退去したのである。
 二人が茫然としているところへ、お握りジイサンがお疲れ見舞いにやってきた。
「明日の日程は、どうすべね」
「疲れすぎたから、明日は休みたいが」
「そうだ。そうだ。急いでやることはねえ」
「時にジイサン。お隣りの娘は精神病だそうだね」
「当り前さね。今さら気がつくことはなかんべ」
「なぜ」
「この温泉へ家族づれで来る客のうち一人はキ印さね。大昔からキ印の温泉さ。滝にうたれているのがみんなキ印さ。真人間は滝の裏に便所見つけねえだよ」
「なるほど、そうか」
「お宅サマの倅も気の毒になア。ま、ゆっくり養生しなさい」
 お握りジイサンが退去すると、初音サンがふきだした。笑いがとまらないのである。梅玉堂もつりこまれて、しばしは笑いがとまらなかったが、気がつくと、それどころではない。二人がすでによろしき仲になっていたとなると、あのバアサンがこれを見逃してくれる筈がない。あの娘をヨメにもらわなければおさまらないような雲行きである。
 待ちかねているところへ、一夫が娘との長い散歩から戻ってきた。
「お前、あの娘と肉体の関係ができたわけじゃあるまいな」
「バカにしちゃいけませんよ。ですが、彼女はいいですよ。純で、利巧で、また野性的ですよ。好きですね」
「本当に肉体の関係はないのか」
「イヤだなア。なぜですか」
「今朝滝壺で抱き合っていたじゃないか」
「あの時はおどろいたんです。彼女の姿が滝にのまれて消えたので、ボク滝の下をくぐったのですよ。ヒョイと滝の裏へでると、彼女がいるんです。いきなりボクに抱きついたんですよ。滝の精かと思いましたよ。抱きついて放さないんですね。シャニムニ抱きついたまま滝の真下へ押しこまれちゃいましたよ。妖精そのものの可憐さ、そして野性そのものです
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