のだが、何がさて一方ならぬヒステリイで、狂い出すと気違い以上に獰猛《どうもう》で三人の気違いのうち婆さんの叫喚《きょうかん》が頭ぬけて騒がしく病的だった。白痴の女は怯《おび》えてしまって、何事もない平和な日々ですら常におどおどし、人の跫音《あしおと》にもギクリとして、伊沢がヤアと挨拶すると却《かえ》ってボンヤリして立ちすくむのであった。
 白痴の女も時々豚小屋へやってきた。気違いの方は我家の如くに堂々と侵入してきて家鴨に石をぶつけたり豚の頬っぺたを突き廻したりしているのだが、白痴の女は音もなく影の如くに逃げこんできて豚小屋の蔭に息をひそめているのであった。いわば此処《ここ》は彼女の待避所で、そういう時には大概隣家でオサヨさんオサヨさんとよぶ婆さんの鳥類的な叫びが起り、そのたびに白痴の身体はすくんだり傾いたり反響を起し、仕方なく動き出すには虫の抵抗の動きのような長い反復があるのであった。
 新聞記者だの文化映画の演出家などは賤業中の賤業であった。彼等の心得ているのは時代の流行ということだけで、動く時間に乗遅れまいとすることだけが生活であり、自我の追求、個性や独創というものはこの世界には存
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