ネのアンマ宿の向いに新聞記者が住まっていた。そしてこの記者が現場の取材から戻ったとたんに女のアンマと近所の人の立話をきいてしまったのである。
「あのウチにはオツネサンがゆうべもみに行ったんですよ。その人が妙な人でね、オツネサンのような年増の不美人でも酔っぱらってアンマをとると乙な気持になって困ることもあるからと顔に鬼女の面をつけさせてアンマをとる例なんですッてね。ところがまたオツネサンはあすこの奥さんがゆすられてるのを聞いたんですッて。今までに一千万もゆすられてるからもうイヤです。秘密を方々で云いふらしなさいッてね。すると男がいまに後悔しますよと怖しい声で云ってたそうですよ」
この記者は東京のさる新聞の支社員だ。今しも現場から戻ってきて本社へ平凡な過失死らしいと電話したばかりである。殺人なら大記事になる。温泉町ではこうした記事が大いに話題になるから、その方面に敏腕なのがそろっているものだ。近いころ関東の農家で似たような八人殺しがあって全国的な話題となったばかりであるから、これこそ特ダネとよろこんだ。
「そのオツネサンは今どこにいますか」
「まだグーグーねてますよ」
「もう十時をまわっ
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