たじゃないか」
「アンマはそれぐらい寝ても毎日毎日疲れきってる商売よ」
 そこで、記者はオツネに面会を申しこんで叩き起してもらった。そんな大事件が起ったと知るとオツネは顔の色を失ってしまった。
「そんなこと新聞に書かれちゃ大変だよ。まさかそんなことが起るとは知らないからウカツに喋っちゃッたけどさ。もう何を訊かれても答えないわよ」
「答えてくれなきゃ尾ヒレをつけて書くだけさ。君が悪事をしたわけじゃアあるまいし、むしろ君は一躍有名になって日本中に名を知られるぜ。君を悪く云うどころか、すごい名探偵だなぞと人々がもてはやしてくれるぜ」
「どうしても書くつもり」
「それがぼくの商売だもの、これが書かずにいられるものかい」
「それじゃア仕方がないわね」
 とオツネは昨夜聞いたこと経験したことを辻記者に語ったが、なにぶんにも目の見えない人間の話であるからカンジンなところが一本釘がぬけてるようなアンバイだ。
「大川という人、君にゆすりらしい話をしたことがあったかい」
「まさか自分はゆすりですッて云う人ないと思うわよ」
「すると君は大川が眠ると部屋をでたんだね。そのとき鍵をかけずにでたわけだろう」
「あたりまえさ」
「大川の隣の部屋には誰が泊っていた?」
「誰も泊ってる様子はなかったけどね」
「ところが隣室と同じようにフトンがしいてあったらしいのだがね」
「それじゃア今井さんかな。大川さんと今井さんはお揃いで東京から来て泊ることが多いんだがね。私はしかしゆすりの男が今井さんだったと云うつもりはないんだよ」
「大川は君に鬼女の面をつけさせてアンマをとるぐらいだから時々みだらな素振りを見せたかい」
「それぐらい用心深い人だから、そんなことしたことないにきまってるよ。そんなことまで尾ヒレをつけられちゃアこまるじゃないか。注意しておくれ」
「ヤ、すまん。君に変な素振りをするようじゃア乃田の奥さんと何かがあっても不思議じゃないと思ったからだよ。つまり隣室のフトンが奥さん用かという意味さ」
「バカバカしい」
 辻はその他多くのことを聞きだしたが、アンマの観察だから確実と見てよいものは少かった。やや確実なのは次のことだ。
 オツネは九時半ごろから十時半ごろまで大川をもんだ。大川は酒と催眠薬をのんだと語っておりアンマの途中に大イビキで眠った。オツネはフトンを直してやり面を卓上において鍵をかけずに部屋
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