れなんですよ。次に面の件ですが奥さんは鬼女の面をかぶり顔を隠してやったんじゃないですかね。そしてドアの鍵をかけたり、火をつけたり、またドアの鍵をかけたりして夢中に逃げて、鬼女の面を自分の部屋までつけたまま持ち帰ったのかも知れません。だから爺さんが何かとひきかえに二百万せしめたあの記事が新聞紙上にでなければ、ひょッとするとその能面に再会できたかも知れませんが、もうその見込みはないでしょう。要するにあらゆる物的証拠が失われているわけです」
 辻はここまで聞いて益※[#二の字点、1−2−22]ガッカリしてしまった。これを記事にしても物的証拠がなければ金的を射とめることができない。すべてが九太夫の単なる推理にすぎないのである。実にどうも残念だ。彼は腕をこまねいて考えに沈んでいたが、
「しかし、これを記事にしないわけにはいきませんよ。爺さんに白状させても記事にしてみせますよ」九太夫は静かに制した。
「天下の大新聞がカラ振りはつつしんだ方がいいようですよ。あの爺さんは白状することがありますまい。しかしいまに天罰が自然に犯人の頭上に訪れると思いますよ。なぜならですね。奥さんにはもう残った金がありません。これからも益※[#二の字点、1−2−22]株に手をだすことでしょうが、二人の味方の一人は自分が殺し、一人は背いて去りました。あの人の金は砂にまくようなものです。自然に破滅が訪れますよ。老醜の極に達して恥を天下にさらすのです。乞食になって野たれ死ぬかも知れませんよ」
 この予言は実に近いうちに実現したのである。浩之介が有金さらって逃げたのである。これを警察へ訴えでれば大川殺しの真相をあばいてやるという置き手紙があった。浩之介は家の内情について明るいし、探偵小説にもくわしいから、九太夫と同じ推理に達することができた。二百万円に代えられたものが能面であることも悟ったのである。
 奥さんはヤケを起して残りの全財産を短日月で株に使い果してしまい、クビをくくって死んでしまった。



底本:「坂口安吾選集 第八巻小説8」講談社
   1982(昭和57)年11月12日第1刷発行
初出:「小説新潮 第九巻第三号」新潮社
   1955(昭和30)年2月1日号
入力:高田農業高校生産技術科流通経済コース
校正:小林繁雄
2006年9月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネッ
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