よ。私、狙われてるのよ」
「別れた亭主にだな」
「まアそんなものね」
「じゃア、いつまでも埒があかないじゃないか。一生隠れている気かい」
「誰かが死刑になるまでね。よく知らないけど、そんな話さ」
「亭主は刑務所にいるのか」
「知らないよ」
 とりとめのない話であった。
 まもなく一人のジゴロがこの女と仲よしになった。ジゴロは男前だが、腕ッ節も強く、この区域で睨みのきくアンチャンだった。
 やがて女はこのジゴロにだけみんな打ち開けた。結婚してもいいと思ったからである。女はミヤ公であった。
「すると、中井が犯人か」
「そうよ。カンバンになってから酔っ払いがきてごてついてる声がしたから、私が降りてッたのよ。酔っ払いじゃなくて、中井さ。泊めてくれって頼むから、私の部屋には泊められないけど、夜明けまでお店にでも寝てるがいいやッて放ったらかして二階へあがっちゃったのさ。私は危いと思ったから、そッと梯子をひいて、屋根裏へ上れないようにしておいたの。案の定ね。中井は下の夫婦を殺してお金を盗んだのよ」
「警察へ云わないのか」
「だってさ、中井が口止めしたからさ。私だって、散々中井にしてやるだけのことはしてやったんだし、今じゃア、好きでもなんでもないんですものね。かばってやる必要ないけど、ねえ、あんた。犯人なんて、誰だっていいじゃないの」
「だって、死刑じゃないか」
「殺された人だっているんだから、誰かが死刑になったって、仕様がないわよ」
「チエッ! ウソついてやがるな。てめえ、共犯だろう」
「人ぎきがわるいわね」
「なに云ってやんだい。じゃア、グズ弁のスパナーが、どうして中井の手に握られてしまったんだ。え? オイ、おかしいじゃないか。誰かが手渡してやらなきゃ、そんなことにはなりッこないぜ、な」
「それは、こうよ。グズ弁が酔っ払ってグデングデンになってスパナーをとりだして弄んでたから、私がとりあげてお店のテーブルの下へおいといたのさ。そんなこと、忘れてたのよ。まさか中井がきて、それを握って人殺しをするとは思わないわよ」
「中井は、どうしてる」
「知らないよ。アイツは恩知らずよ。私が学校を卒業させてやったのにね。私の物をみんな売りとばして、おまけに、恋人つくってさ。だけど、考えてみると、私ゃ、中井に惚れてなかったわね」
「虎の子全部貢いでるんだから惚れてるにきまってらアな」
「ウソだよ。そんなことをしてみたかっただけらしいよ。私ゃ、平気だもの。これからだって、そんなこと、やろうと思えば、なんべんでも、できるよ。私ゃ、中井なんかに復讐したいと思わないよ」
「グズ弁を助けたいとも思わないのか」
「思わないわね。だいたい、あんた、世の中なんて、いい加減でいいのよ。一々キチンキチンやられちゃ、やりきれないわよ。私はね、誰かが下の夫婦を殺しゃいいのに、とバクゼンと思っていたわね。だいたい誰が誰を殺したってかまうこたアありゃしないよ。なんでも商売さ。人殺しの商売もあるし、人殺しをつかまえる商売もあるし、それがあんた、ちがった犯人をつかまえたって、男が入れ代ってるだけじゃないか、そんなこと云ってたら、パンパンなんか、してられるもんか。戦争も、そんなものだわよ。みんな、いい加減だから、それで世の中がまるくいくのさ。へ。グズ弁が犯人で悪かったら、あんた、パンパン屋へ遊びにくるの、およしよ」
「わるかったな」
「ハッハッハア」
 二人の会話はどうやらそこで終りをつげたようであった。グズ弁はいずれ死刑になるだろう。



底本:「坂口安吾全集 13」筑摩書房
   1999(平成11)年2月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第七巻第四号」
   1953(昭和28)年3月1日発行
初出:「小説新潮 第七巻第四号」
   1953(昭和28)年3月1日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2010年5月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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