は悩まされているのだが――)。
 タウトはある日、竹田の愛好家というさる日本の富豪の招待を受けた。客は十名余りであった。主人は女中の手をかりず、自分で倉庫と座敷の間を往復し、一幅《いっぷく》ずつの掛物を持参して床の間へ吊し一同に披露して、又、別の掛物をとりに行く、名画が一同を楽しませることを自分の喜びとしているのである。終って、座を変え、茶の湯と、礼儀正しい食膳を供したという。こういう生活が「古代文化の伝統を見失わない」ために、内面的に豊富な生活だと言うに至っては内面なるものの目安が余り安直で滅茶苦茶な話だけれども、然し、無論、文化の伝統を見失った僕の方が(そのために)豊富である筈もない。
 いつかコクトオが、日本へ来たとき、日本人がどうして和服を着ないのだろうと言って、日本が母国の伝統を忘れ、欧米化に汲々《きゅうきゅう》たる有様を嘆いたのであった。成程、フランスという国は不思議な国である。戦争が始ると、先ずまっさきに避難したのはルーヴル博物館の陳列品と金塊で、巴里《パリ》の保存のために祖国の運命を換えてしまった。彼等は伝統の遺産を受継いできたが、祖国の伝統を生むべきものが、又、彼等自
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