全に女房に頭の上らぬ状態でもあったのである。そのことが焦りとなって、一カク千金、彼のような小心なケレンのない好人物が賭場へ入りびたるようになったらしい。教養のない女が生活の主権を握ると、まことにつけあがって、鼻持ちならぬ暴君となるもので、彼が尻の下にしかれた生活ぶりは、私には見るに忍びがたいものがあった。女房という暴君がなければ、彼は昔も今も実直なセンバン工であり、賭場へ入りびたったり、女装してヤミ屋の片棒をかつぐ必要もなかったであろう。彼は国民酒場へ行列したが、小さなジョッキ二つのめば充分に酩酊し、余分の券はみんな私にユーズーしたほど、酒についても無難な人物であった。
 彼は男装に変って現われてきた。
「今宵は、ひとつ、ぜひ御案内致したいところがありますんで、エッヘッヘ。いぶせき所ですが、私がお伴致しております限り、先生にインネンを吹っかける奴もありません。その点は御安心を願いまして、人生の下の下なるところを、御見学願います」
「麻薬宿じゃないの。そんなの見ても仕方がないよ」
「どう致しまして。国法にふれる場所じゃアありませんや。エッヘッヘ。先生もいやに麻薬恐怖症ですな。ちょッと、お
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