有勢な海軍がなかつた。応仁以降の戦乱はすべて陸戦。野戦に於ては異常なる進歩を示してゐるが、海軍は幼稚だ。海賊は大いに発達して遠く外洋まで荒してをりこの海賊が同時に日本の海軍でもあつたけれども、軍隊としては組織も訓練も経験も欠けてゐる。近代化された装備もない。秀吉も之を知つてポルトガルの軍艦購入をもくろんでゐたが、コエリヨが有耶無耶な言辞を弄して之を拒絶したから、秀吉は激怒して耶蘇《ヤソ》禁教令を発令する結末に及んでしまつた。
 然るに、朝鮮側には亀甲船があり、之を率ゆるに名提督李舜臣がある。竜骨をもたない日本船は亀甲船の衝突戦法に破り去られて無残な大敗北。制海権を失つたから、日本の海上連絡は釜山航路一つしかない。京城への海路補給が出来ないから、釜山へ荷上げして陸路運送しなければならぬ。占領地帯は満目荒凉、徴発すべき人夫もなければ物資もない。補給難、折から寒気は加はり、食糧は欠乏する、二重の大敵身にせまつて戦さに勝てど窮状は加はるばかり、和議を欲し即刻本国へ撤退を希ふ思ひは全軍心底の叫び、清正すらも一時撤退の余儀なきことを思ふに到つてゐたのであつた。
 そこで秀吉も訓令をだして一応軍兵を
前へ 次へ
全116ページ中86ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング