立ち、絹布を売る店、舶来の品々を売る店、戦争に無縁の品が羽が生えて売れて行く。大名達は豪華な居館をつくつて書院、数寄屋、庭に草花を植ゑ、招いたり招かれたり、宴会つゞきだ。
 この陣中の徒然《つれづれ》に、如水が茶の湯をやりはじめた。ところが如水といふ人は気骨にまかせて茶の湯を嘲笑してゐたが、元来が洒落な男で、文事にもたけ、和歌なども巧みな人だ。彼が茶の湯をやりだしたのは保身のため、秀吉への迎合といふ意味があつたが、やりだしてみると、秀吉などとはケタ違ひに茶の湯が板につく男だ。小田原陣が終つて京都に帰つた頃はいつぱしの茶の湯好きで、利休や紹巴《じょうは》などゝ往来し、その晩年は唯一の趣味の如き耽溺ぶりですらあつた。一つには彼の棲む博多の町に、宗室、宗湛、宗九などといふ朱印船貿易の気宇遠大な豪商がゐて茶の湯の友であつたからで、茶の湯を通じて豪商達と結ぶことが必要だつたせゐもある。
 如水は高山右近のすゝめで洗礼を受け切支丹であつたが、之も秀吉への迎合から、禁教令後は必ずしも切支丹に忠実ではなかつた。カトリックは天主以外の礼拝を禁じ、この掟は最も厳重に守るべきであつたが、如水は菅公廟を修理し
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