康たゞ一人群臣をしりぞけて主戦論を主張、断行した。彼もこのとき賭博者だ。信長との同盟に忠実だつたわけではない。極めて少数の天才達には最後の勝負が彼らの不断の人生である。そこでは、理智の計算をはなれ、自分をつき放したところから、自分自身の運命を、否、自分自身の発見を、自分自身の創造を見出す以外に生存の原理がないといふことを彼らは知つてゐる。自己の発見、創造、之のみが天才の道だ。家康は同盟といふボロ縄で敢て己れを縛り、己れの理知を縛り、突き放されたところに自己の発見と創造を賭けた。之は常に天才のみが選び得る火花の道。さうして彼は見事に負けた。生きてゐたのが不思議であつた。
大敗北、味方はバラバラに斬りくづされ、入り乱れ前後も分らぬ苦戦であるが、家康は阿修羅であつた。家康が危くなると家来が駈けつけて之を助け、家来の急を見ると、家康が血刀ふりかぶり助けるために一散に駈けた。夏目次郎左衛門が之を見て眼血走り歯がみをした。大将が雑兵を助けてどうなさる、目に涙をため、家康の馬の轡《くつわ》を浜松の方にグイと向けて、槍の柄で力一杯馬の尻を殴りつけ、追ひせまる敵を突き落して討死をとげた。
逃げる家康
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