生れて以来の大事件で、思えば思うほど心が波立つばかりである。わくわくする胸を押えて、署内をなんとなく歩いたりしながら、懸命に作戦をねりあげている。
そのヒマに娘の姿がどこかへ消えてしまったのに気づかなかった。
百合子はいつのまにか署を抜けだして、すでに陳家の玄関で令嬢と対坐していた。なかば茫然とここへ辿りついてしまったのである。
さすがに令嬢は蒼ざめていた。しかし、百合子が父の推理を語り終ると、静かに百合子の手をとって、握りしめた。
「ありがとう。百合子さん。本当に、うれしいのよ。私のお母さんだって、百合子さんのように私をいたわってくれなかったわ」
令嬢が涙ぐんだので百合子も涙ぐみ、
「じゃア、本当にそうでしたの?」
「あら、ちゃんと知ってるから駈けつけて下さったくせに。ミス南京はたしかに私です。そして、奈々子さんを殺した共犯者もたしかに私です。私の父は台湾ではなく香港に居ります。そして、南京虫と麻薬を日本へ輸送していたのです。だんだん密輸ルートが見破られて面倒になったので、新しい方法を考えました。それは麻薬患者を探しだして、麻薬を餌に、密輸の荷物の仮の受取人に仕立てることです
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