た方が早道ですね。そう云えば、この邸内にはドーベルマンとシェパードの凄いのがいますよ。あの犬が庭に放されている限り、その男は半殺しの目にあいますぜ。そんな物音はききませんでしたか」
 ところがピストルが火を吐いて地上に落ちてからというもの、近所の犬がそろってウォーウォー吠えだした。吠えられてみると、四隣遠近犬だらけ。特に一ツの犬の声に注意のできない状態であった。
「まだ八時だから、たのんで邸内を調べさせてもらいましょう。陳という中華人の家ですから、ちょッとうるさいかも知れませんがね」
 表門へまわって案内を乞う。門番の小屋があって、中年の日本人の下婢が顔をだした。奥の本邸とレンラクの後、案外カンタンに庭内の捜査を許してくれたが、なるほど入口には物凄いドーベルマンとシェパードがいて、一足はいると跳びかかる構えで睨んでいる。
「その犬をつないでくれませんか」
「ええ、いま、つなぎますよ」
「ずッと放しておいたんですか」
「ええ、そう。日が暮れると、毎晩放しておくんですよ」
「すると、奴さん、やられてるな」
 ところが、庭をくまなく捜したけれども、男の姿はどこにも見えない。犬と格闘した跡もない。塀をとび降りた場所にいくらか乱れが目につくだけだ。
「オヤ、なんでしょうね」
 懐中電燈で執念深く捜しまわっていた百合子は、男がとび降りた地点の木の根に、小さな光るものを見つけて取りあげた。
「金の腕時計だわ。婦人用の南京虫。男が南京虫を腕にまくかしら?」
 奇妙な謎の拾い物であった。

[#5字下げ]殺されていた奈々子[#「殺されていた奈々子」は中見出し]

 翌日、非番の波川巡査はミゾオチを打たれた痛みもあって、午すぎも寝ていた。すると、飛ぶように戻ってきた百合子に叩き起された。
「大変よ。比留目奈々子が殺されたのよ。殺されたのは昨夜です。あの二人が犯人よ」
 波川は痛みも忘れて跳び起きた。
 百合子も下アゴを打たれて唇をきり、アゴが腫れて、美人婦警も惨たる面相。人に顔を見せたくないから休みたかったが、昨夜の報告があるので、署へでてみると、奈々子殺し発見の騒ぎである。
「犯人の顔を見たのはお父さんだけですから、すぐ来て下さいッて」
「あの二人が犯人ときまってるのか」
「確証があるらしいわ。ほかに、いろいろ重大なことが判ったらしいの。殺された奈々子は意外の大物らしいんですって。暗
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