上物で、相当金のかかった服装だ。他の一人は病弱そうなインテリ風の眼鏡をかけた男で、寒そうに両手をオーバーのポケットに突ッこんでいる。土間の上に、皮製のボストンバッグが置かれていた。押売りにしては、二人の服装は悪くはない。
「なんでもないんですから、どうぞおひきとり下さいまして」
 奈々子にこう云われては、それ以上居るわけにもいかないので、観察も途中で切りあげて退出せざるを得なかった。
「どうも奇妙な組合せだ。内輪の親しい同志だと云ったが、そうらしくない様子だった。あのボストンバッグの中身は何だろう? なんとなく、気にかかるな」
 波川巡査は当年四十五というウダツのあがらぬ名物男。かねがね叩きこまれていた第六感という奴をヒョイと思いだして、
「そうだ。これが第六感という奴だぞ」
 一町ほど先の雑貨屋の露地をまがると、波川巡査の自宅だ。帰宅したら一風呂あびて夕食をたのしみに家路をたどってきたところだが、それどころじゃない。よし、変装して追跡だ、と大急ぎでわが家へとびこんだ。
「セビロとオーバーを至急だしてくれ。夕食の仕度は後廻しだ。オイ、百合子、お前も外出の仕度をしろ。変な奴をつけるのだ」
 波川の娘百合子も婦警であった。ちょうど非番で家に居たから、洋装させて、同じ事務所の社員男女が会社をひけて帰宅の途中というアベック姿。大急ぎで取って返すと、奈々子の家には幸い二人がまだ居るらしい様子。犬がウーウー唸りつづけている。どうやら二人は上りこんだらしい。
「室内へあげたんなら、怪しい来客じゃないんじゃないの?」
「そうかも知れんな。しかし、やりかけたことだから、様子を見届けよう」
 物蔭にかくれて待伏せていると、やがて二人の男が門の外へ現れた。遊び人風の方が例のボストンバッグをぶらさげている。
 二人は電車通りへの方向とは反対の淋しい方へ歩いて行く。
「あっちの方角へ行くんなら、歩いて行けるところに住居があるのだな。突きとめてやろう」
「ええ、そうしましょう」
 二人は三十間ほどの間をおいて後をつけはじめた。出まかせに会話しながら、いかにもクッタクのない通行人のフリをして後をつけた。どうも、これがマズかったようだ。
 二人はなかなか歩きやまない。とうとう世田谷の区域をすぎて、渋谷区へはいった。ここから丘にかかると、戦災で大方やられているが大邸宅地帯。この丘を越すと、渋谷の繁華
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