元々大鹿の行方に最も執着をもっているのだから、隠れ家が分ると、記者の本領を発揮して、さっそく乗りこんで、ロマンスの一件など根掘り葉掘り訊問するだろうからね。ところが犯行の時間は、午後十一時三十分ぐらいまでしか許されていない。なぜなら、葉子と岩矢天狗が十時四十七分には京都について、だいたい十一時半前後には嵐山まで来るからだ。君らにネバられては、チャンスを失ってしまうのだ。そこで、一足先に、君たちにかくれて金を渡して契約書をとっておかねばならないので、特急ツバメに乗りかえて、一時間四十分の差を利用して、嵐山の大鹿の隠れ家まで往復してきた。そして、それをゴマカス方法としては、大鹿が米原まで出迎えて、車中で契約書を交したという計略を用意しておいたのだ。ところがさ。あいにく契約書の署名がハッキリした楷書でね、停車中でなければ決して書けない書体だったのさ。米原に停車中には、先ず、署名の時間はない。なぜなら、大鹿が煙山を探す時間、一通りの事情を説明し聴取する時間が必要な筈で、ノッケから契約書を突きだすことは有り得ないからだ。ところがだね。米原を出発すると、あとは京都までノンストップなんだよ。私はこれ
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