投手殺人事件
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)細巻《ほそまき》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)名投手|大鹿《おおしか》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#嵐山のアトリエの地図(fig43190_01.png)入る]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)チョイ/\
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   その一 速球投手と女優の身売り

 新しい年も九日になるのに、うちつづく正月酒で頭が痛い。細巻《ほそまき》宣伝部長が後頭部をさすりながら朝日撮影所の門を通ろうとすると、なれなれしく近づいた男が、
「ヤア、細巻さん。お待ちしていました。とうとう現れましたぜ。暁葉子《あかつきようこ》が。インタビューとろうとしたら拒絶されましたよ。あとで、会わして下さい。恩にきますよ」
 こう云って頭をかいてニヤニヤしたのは、専売新聞社会部記者の羅宇木介《らおもくすけ》であった。
「ほんとか。暁葉子が来てるって?」
「なんで、嘘つかんならんですか」
「なんだって、君は又、暁葉子を追っかけ廻すんだ。くどすぎるぜ」
「商売ですよ。察しがついてらッしゃるくせに。会わして下さい。たのみますよ」
「ま、待ってろ。門衛《もんえい》君。この男を火鉢に当らせといてくれたまえ。勝手に撮影所の中を歩かせないようにな。たのむぜ」
 暁葉子は年末から一ヵ月ちかく社へ顔をださないのである。暮のうち、良人《おっと》の岩矢天狗《いわやてんぐ》が、葉子をだせと云って二三度怒鳴りこんだことがあった。天狗は横浜の興行師で、バクチ打、うるさい奴だ。葉子の衣裳まで質に入れてバクチをうつという悪党で、今まで葉子が逃げださないのが、おかしいぐらいであった。
 しかし、葉子に恋人があるという噂を小耳にしたのは、ようやく三日前だ。おまけに、その恋人が、職業野球チェスター軍の名投手|大鹿《おおしか》だという。猛速球スモークボールで昨年プロ入りするや三十勝ちかく稼いだ新人王で、スモーク・ピッチャー(煙り投手)とうたわれている。
 この話が本当なら宣伝効果百パーセントというところだが、あんまり話が面白すぎる。いゝ加減な噂だろうと思ったが、羅宇木介が執念深く葉子を探しているのに気がつくと、ハテナと思った。専売新聞はネービーカット軍をもつ有名な野球新聞だ。
 細巻が部長室へはいると、若い部員がきて、
「暁葉子と小糸ミノリがお目にかかりたいと待ってますが」
「フン。やっぱり、本当か。つれてこいよ」
 暁葉子はかけだしのニューフェイスだが、細巻がバッテキして、相当な役に二、三度つけてやった。メガネたがわず好演技を示して、これから売りだそうというところ。細巻もバッテキの甲斐があったといささか鼻を高くしていた矢先であったから、はいってきた葉子とニューフェイス仲間のミノリを睨みつけて、
「バカめ。これからという大事なところで、一ヵ月も、どこをウロついて来たんだ。返事によっては、許さんぞ」
「すみません」
 葉子は唇をかんで涙をこらえているようである。父とも思う細巻の怒りに慈愛のこもっているのが骨身にひびくのである。
「言い訳は申しません。私、家出して、恋をしていました」
「オイ。オイ。ノッケから、いい加減にしろよ」
「ホントなんです。せめて部長に打開けて、と思いつづけていましたが、かえって御迷惑をおかけしては、と控えていたのです」
「ふうン。誰だ、相手は?」
 葉子はそれには答えず、必死の顔を上げて、
「私の芸に未来があるでしょうか。どんな辛い勉強もします」
「それが、どうしたというんだ」
「十年かかってスターになれるなら、そのときの出演料を三百万円かしていただきたいのです」
 葉子は蒼ざめた真剣な顔で、細巻の呆れ果てたという無言の面持を見つめていたが、やがて泣きくずれてしまった。
 ミノリが代って物語った。
「葉子さんの愛人はチェスターの大鹿投手なんです」
「やっぱり、そうか」
「家出なさった時から、私、相談をうけて、かくまってあげたり、岩矢天狗さんと交渉したりしたのですが、天狗さんは、手切れ金、三百万円だせ、と仰有《おっしゃ》るのです。大鹿さんは、昨日、関西へ戻りました。三百万円で身売りする球団を探しに。葉子さんは反対なさったのです。一昨日は一日云い争っていらしたようです。そして、大鹿さんに選手としての名誉を汚させるぐらいならと、社へ借金にいらしたのです。葉子さんのフビンな気持も察してあげて下さい」
「ふむ。大それたことを、ぬかしよる」
 大声で叱りつけたが、神経が細くては出来ない撮影所勤め、太鼓腹をゆすって、案外平然たるものだ。しかし、頭に閃いたことがあるから、二人を部屋に残しておいて、スカウトの煙山の部
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