天狗の衣服に血液は附着しているが、血を浴びたという性質のものではないね。しかし、犯人の衣服は血しぶきを浴びている筈なんだ。そして、誰の部屋からも、血しぶきの衣服は出てこないのさ。これが第三ヒントだよ」
「全然わからんですわ」
「ま、君たち、尾行記でも書いていたまえ。吉報がきたら、最初に知らせてあげる」
 夕方になった。日がくれた。六時ごろだ。
 電話のベルが鳴る。受話器をつかんで、きいていた居古井警部は、みるみる緊張した。
 受話器をおくと、二人に叫んだ。
「さア、一しょに来たまえ。恩人。君たちのおかげだよ。君たちが犯人を教えてくれたんだ。そのイワレは車の中で説明するよ。さア、出動! 犯人がわかったぞ」警部は二人をつれて、自動車に乗りこむ。数台の車が、つづいて走りだした。
「君たちの尾行を分析すると、犯人が分ってくるのさ」
 居古井警部はキゲンよく説明しはじめた。
「いいかね。汽車の中で、マスクをかけ、マフラーに顔をうずめ、時々席を変えたり、帽子やマフラーをとりかえて変装するという煙山が、寒気のきびしい早朝の外気の中を、汽車にのりこむまでマスクもかけず、顔をさらして駅の構内を歩いてきたことを考えると、まずこの事件の謎の一角がとけるのだよ。なぜ顔をムキだして歩いて来たか。ある人に顔を見せる必要があったからさ。ある人とは、君たちなんだよ。ここまで分れば、電話の謎がとけるだろう。電話をかけたのは煙山自身だ。彼はキミたちに尾行される必要があったのだ。なぜなら、七時三十分発の汽車にのったと見せかけるために」
「じゃア、乗らなかったんですか」
「乗りました。しばらくはネ。恐らく熱海か静岡あたりで下車して、あとから来た特急ツバメに乗りかえたのだろう。なぜなら、京都へ君たちよりも一足早く到着する必要があった。ツバメは一時間半もおそく出発するが、京都に着くまでには追いぬいて、約一時間四十分も逆にひらいてしまうだろう。この一時間四十分に仕事をする必要があったのさ。京都へつくと、彼は車をいそがせて、大鹿のアトリエにかけつけ、三百万円を渡して、契約書を交した。なぜ、こうする必要があるかというと、お金を渡し、契約書を交してからでないと、大鹿を殺しても、三百万円を奪うことができないからだ。ところが煙山は君らに尾行させている。尾行をつけて大鹿の隠れ家へのりこむことはできないのさ。なぜなら、君らは
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