名な野球新聞だ。
細巻が部長室へはいると、若い部員がきて、
「暁葉子と小糸ミノリがお目にかかりたいと待ってますが」
「フン。やっぱり、本当か。つれてこいよ」
暁葉子はかけだしのニューフェイスだが、細巻がバッテキして、相当な役に二、三度つけてやった。メガネたがわず好演技を示して、これから売りだそうというところ。細巻もバッテキの甲斐があったといささか鼻を高くしていた矢先であったから、はいってきた葉子とニューフェイス仲間のミノリを睨みつけて、
「バカめ。これからという大事なところで、一ヵ月も、どこをウロついて来たんだ。返事によっては、許さんぞ」
「すみません」
葉子は唇をかんで涙をこらえているようである。父とも思う細巻の怒りに慈愛のこもっているのが骨身にひびくのである。
「言い訳は申しません。私、家出して、恋をしていました」
「オイ。オイ。ノッケから、いい加減にしろよ」
「ホントなんです。せめて部長に打開けて、と思いつづけていましたが、かえって御迷惑をおかけしては、と控えていたのです」
「ふうン。誰だ、相手は?」
葉子はそれには答えず、必死の顔を上げて、
「私の芸に未来があるでしょうか。どんな辛い勉強もします」
「それが、どうしたというんだ」
「十年かかってスターになれるなら、そのときの出演料を三百万円かしていただきたいのです」
葉子は蒼ざめた真剣な顔で、細巻の呆れ果てたという無言の面持を見つめていたが、やがて泣きくずれてしまった。
ミノリが代って物語った。
「葉子さんの愛人はチェスターの大鹿投手なんです」
「やっぱり、そうか」
「家出なさった時から、私、相談をうけて、かくまってあげたり、岩矢天狗さんと交渉したりしたのですが、天狗さんは、手切れ金、三百万円だせ、と仰有《おっしゃ》るのです。大鹿さんは、昨日、関西へ戻りました。三百万円で身売りする球団を探しに。葉子さんは反対なさったのです。一昨日は一日云い争っていらしたようです。そして、大鹿さんに選手としての名誉を汚させるぐらいならと、社へ借金にいらしたのです。葉子さんのフビンな気持も察してあげて下さい」
「ふむ。大それたことを、ぬかしよる」
大声で叱りつけたが、神経が細くては出来ない撮影所勤め、太鼓腹をゆすって、案外平然たるものだ。しかし、頭に閃いたことがあるから、二人を部屋に残しておいて、スカウトの煙山の部
前へ
次へ
全30ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング