は人生五十年歳月人を待たず生きて再び日本を見ること期すべからず」――一揆を起しはしたものゝ、よるべない彼等の心事思ひやられる言を洩らして、近頃大矢野四郎太夫は天使だといふ噂があるから、あの人に使者を立て、大将に頼み、一揆を起さうではないかと言ひだした。
その時四郎は大矢野宮津といふ所を徘徊し、七百人程の信者を集めて、切支丹の教を説いてゐたが、そこへ使者がでかけて行つた。
すると四郎の答へるには、一揆の人すべてが切支丹になるといふ誓状を添へてくるなら頼みに応じようと言ふので、いつたん使者は立帰り、誓状をつくつて出直して来て、四郎を大将にいたゞくことになつたのである。
かうして一揆は四郎の指揮に従ひ十二月一日原の廃城に小屋がけて籠城ときまつたのだが、原城包囲の記述も亦精密であるとはいへ、この記録の長所はそれではない。
とまれ、一揆側から出た記録ではないにしても、多分、一揆の村の住民の手になつた記録であるに相違ない。僕は長崎図書館へ通ひ、僕の外には一人の閲覧者もゐない特別室で毎日この本を写しながらいつとなく、さう思ひ込むやうになつてゐた。
底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
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