だ。
荷風に於ては人間の歴史的な考察すらもない。即ち彼にとつては「生れ」が全てゞあつて、生れに附随した地位や富を絶対とみ、歴史の流れから現在のみを切り離して万事自分一個の都合本位に正義を組み立てゝゐる人である。
「※[#「さんずい+墨」、第3水準1−87−25]東綺譚」を一貫するこの驚くべき幼稚な思考がたゞその頑固一徹な江戸前の通人式なポーズによつて誤り買はれ恰《あたか》も高度の文学の如く通用するに至つては日本読書家の眼識の低さ、嗟嘆あるのみである。
文学者は趣味家ではない。趣味で人生をいぢくつてゐるのではない。然し、人各々好みあり、趣味はあげつらふべきものではないから、懐古趣味も結構であるが、荷風の如くに亡びたるものを良しとし新たなるものを、亡びたるものに似ざるが故に悪しといふのは、根本的に作家精神の欠如を物語る理由でもある。
★
荷風にはより良く生きようといふ態度がなく、安直に独善をきめこんでゐるのであるから、我を育てた環境のみがなつかしく、生々発展する他の発育に同化する由もない。正宗白鳥も懐古趣味の人ではあるが、より良きものを求むる心も失はず、より良
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