りだす豪球が、ここんとこコントロールが乱れているから、ミッチリ落着いた練習をさせなくちゃアいけねえ」
「お前さんが長靴をはいて、自転車に片足つッかけて、オカモチをぶらさげて垣根の外から首を突きのばしているから、落着いてタマが投げられやしないッて長助がこぼしているよ。お前さんが野球の名人で長助に手ほどきしなきゃアならないというなら話は分るけど、五間とタマを投げることもできないくせにさ。オカモチぶらさげて、自転車に片足つッかけて、電柱にもたれてさ。三時間も垣根の外から首を突きだしてるバカはいないよ」
「うるせえな。隣の源次をみろよ。紋付をこしらえたよ。結婚式も借着の紋付ですました野郎が、新調の紋付をきて、商売を休んで、鼻たれ小僧の手をひいて、静々と将棋大会へでかけやがったじゃないか。それで負けて帰りやがった。ざまアみやがれ。オレが三時間ぐらい突っ立ってるのは何でもねえ」
ひと月ほど前に、床屋の正坊が新聞にでた。県の将棋大会というのがあって、各町村から腕自慢が百人ほども集った中に、最年少の正吉もいたのである。二回戦で敗れたが、特に敢闘賞をもらった。その記事と、対局中の写真までのったのである。
町内から将棋の天才少年が現れたというので、ひとしきり評判がたった。面白くないのは金サンである。
「将棋なんてえものは大人も子供も変りなくできるものだ。将棋盤を頭上に持ち上げて我慢くらべをするワケじゃアないからな。野球は、そうはいかねえや。まず身体ができなくちゃアいけねえ。巨人軍の川上という岩のように立派な身体の選手が、力《りき》が足りない、もっと力が欲しいと嘆いてる始末じゃないか。まず第一に長助の背丈を延ばして、ふとらせなくちゃアいけない。滋養の物を三度三度食べさせて、毎日欠かさず風呂へ入れて――」
「ふやかすツモリかい」
「バカヤローめ。草木も水をかければ生長が早い。根が四ツ足のケダモノでも、水中にいるからクジラもカバも図体がひと廻りちがってらア。水てえものは、ふとるものだ。いかに商売とはいえ魚だけ食べさせてちゃァ、大選手の身体はできない。牛肉とモツとタマゴを欠かさず食べさせなくちゃアいけない。床屋の鼻たれ小僧に負けちゃア、御先祖様に顔向けができない」
こういう心掛けでせッせとやるから、子供は大喜びである。うまい物を食って、存分に野球がたのしめて、学問なぞはできなくとも親の文
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