敬する。将棋ばかりでなく万事につけて機敏で手先が器用であるから、このガキが現れるとオチ/\油断ができないので、門前払いを食わされるようになってしまったのだそうだ。
「それはまた大へんなガキだね」
「しかし、滅法強いそうだぜ。賭け将棋の商売人をカモにしていたそうだからね」
「呆れたガキだ」
「ここできくと、わかるそうだ」
その所番地を教えてくれた。天元堂がそこへ行ってみると、そこはバタ屋集団で、団長さんは頭をかきながら、
「あのガキですかい。たしかに本籍はここだがね。どこをのたくってるか、誰にも分りゃしないよ。ま、きいてあげるけどね。オーイ。メメズ小僧は、いねえだろうな? エ? いる? おかしいね。なんだって、いやがるんだろう。え? メメズ小僧ですか? あいつの名ですよ。どこにもぐってやがるか分らないから、みんながこう呼んでるんですよ。本当の名前なんぞ有るかどうか分りゃしないね。あそこが小僧のウチだから、のぞいてごらんなさい」
小僧のウチをのぞいてみると、貧相な汚い子供が、何かせッせと細工物をやってる。革の指輪に先の曲った針金をつけているのである。甚だ性質のよからぬ道具らしい。天元堂がのぞきこんでると、小僧は目をむいて、
「あっちへ行けよ」
「変った物をこしらえてるな」
「うるせえや」
「お前のところに将棋盤はあるか」
「…………」
「三十円賭けてやろうじゃないか」
「ほんとか?」
「むろんだ」
「ヘッヘ」
小僧はにわかにほくそ笑んで、天元堂を招じ入れたのである。小僧愛用の板の盤で指してみると、たしかに強い。天元堂が角を落して、三番棒で負かされた。彼と同格ぐらいのカがあるらしい。床屋の正坊なら、小僧が二枚落しても危いぐらいだ。賭け将棋の商売人をカモにしていただけあって、生き馬の目をぬくように機敏で勝負強い。タルミがない。
そのくせ、見れば見るほど、貧相である。まさしく脳膜炎の顔である。まるでナメクジのようにダラシがなく溶けそうな顔だ。シマリがない。ジメ/\といつもベソをかいているような哀れな様子である。
「造化の妙だなア。生き馬の目をぬくような機敏な才がどこに隠されてるか、とうてい外見では見当がつけられない。なるほど、これじゃア人々が油断する。賭け将棋の商売人がひッかかるのもムリがないし、彼らが懐中物をすられるのもフシギがない。生き馬の目をぬくために生れてきた
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