ている時に限って役に立つかも知れないが、平時の火事にはリレーするほど火事にそなえて人がかたまっている筈はない。早い話が小学校に深夜の火事があった場合、その近所には民家が一軒もないのだからバケツリレーはできない相談だ。それだけの人数が集る時には消防が到着している筈で、もしも消防が到着せずにバケツリレーで消す必要があるとすれば、そんな消防団こそ大訓練をやって魂のすげかえをしなければならないと云うのです。小学校には宿直という者がおって常時火の用心を心がけているから、今さらバケツリレーなどに参加の必要はないと云って、根作がいかに談じこんでも防火週間に協力してくれなかったのです。村民の大半もイヤイヤながらバケツリレーに駆りだされていたのですから、学校の先生の云い分が尤もだと云って、根作の評判の方が悪かったのです。根作はそれを根に持ったのです。彼は小学校の校長と、こんな風に言い合いました。(小学校から火事がでれば宿直の者がきっと消すか)(宿直は消防じゃないから火事を消すことはできないが、火事がでないように厳重に見まわりを行っているから、学校から火事がでる心配はない)私はそのとき一しょにそこにいましたが、根作はこう云われて、返す言葉もなく無念の唇をかんでいたのです。無念のあまり、彼は小学校に放火しました」
「誰かそれを見た人がいるのかね」
「誰も見たわけではありませんが、彼の放火に間違ないのです。その晩宿直の教員が宿直室をぬけだしてだるま宿で一ぱいやって酔っ払ってしまったのです。そのとき隣り座敷に飲んでたのが根作です。根作は宿直の教員がへべれけになって学校へ戻ったのを知ってだるま宿を立ち去りました。宿直の教員は校内の見廻りを忘れてぐっすりねこんでしまったのですが、約三時間後にふと目をさました時には校内は火の海だったのです。彼は見廻りは怠りましたが、火の気のあるべき筈のない校舎の方から火事が起ったことは明かなんです。怪火の原因はいまだに不明とされていますが、根作の放火は間違のない事実ですよ」
「かりにも消防団長が放火することもあるまい。彼は特に熱心な団長だったそうだね」
「熱心のあまりです。戦争を裏切る者は軍人ですよ。私も多少兵隊のめしを食っていますから、軍人が威張り屋で人一倍嫉妬心の強いことが身にしみています。奴らが一番願っているのは、国のことではなくて、自分の成功と、他人の失敗
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