るような次第であった。余は茫然立ちつくしてただ一同のしずまるを待ったのち、
「諸君の言は余輩の臓腑をえぐるものがあった。諸君の叱責、まことにさもあろう。ここに深くお詫び致すものである。自分に貯えがあれば自腹を切りもしよう。また政治家たるの才があれば金策に奔走もしよう。そのいずれも持ち合せがないと知って村長の地位をけがしたことは不明の致すところである。ここに深くお詫びして、辞職いたすこととしたい」
それは余の心底から発した声であったが、一同にとっては意外であったらしい。妙にしずまり返って、言葉を発する者もなくなってしまった。そのとき立ったのは羽生助役であった。意外にも羽生は一同をはったと睨みつけて、
「議員諸君の言は村長に対して無礼千万である。そもそも佐田海軍大佐を村長に推薦するに当って、諸君は大佐になんと約束したか。金策その他の雑務については一切大佐に御迷惑はおかけしないという約束ではないか。そもそも大佐は清廉潔白、身を持すること厳格、軍人中にあっても亀鑑と申すべき謹直無比の将軍である。私利私欲、利己主義のかたまりのこの村の人間とはものが違うぞ。世が世ならば、貴様ら、足もとへ寄りつくこともできやしないんだ。死んでからでも同席できる身分じゃないぞ。貴様らは畜生道におちた奴らだ。地獄の鬼が迎えにくる奴らだぞ!」
羽生の見幕の怖しさ。余も思わず襟元に冷水を浴びた思いがした。
このようなことがあって、当日の緊急村会はめちゃ/\になり、余の村長辞職の件はうやむやになってしまった。
翌日余が出勤を渋っていると、羽生がわざわざ迎えに来た。役場へでてきて、村長の席に大きな顔をしておさまっていてもらわないと始末がつかないからと云って、手をひくようにして連れだした。
「彼らにとっては自分の損ほど天下の大事はないのです。世のため人のために一文といえども投げだすことを知らないのです」
羽生の怒りはつきなかった。
彼がかく心境の変化を来したのには理由があった。彼が今回のいやがらせの発頭人であったため、いやがらせが思うように効を奏しなかった結果として仲間の批難が彼に集中した。
特に今回のいやがらせには相当の費用がかかっている。それは村の予算外のものであるから、仲間同志で負担する取り極めであった如くである。しかるに思うように奏効しなかったものだから、まず金の恨みが第一にきた。彼らの
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