だということが次第に判明した。
 南方で戦没した陸軍の小野大佐の娘がこの小学校の先生をしていた。村では甚しく悪評の女性であったが、父が父のことだから、特に余は同じ軍人のことで他人とは思われない。話せば心が通じるであろうと思い、ひそかに会見の日を愉しみにしておった。
 すると、一日、彼女から役場へ電話がかかった。余に会って話したいことがあるから学校まで来てもらいたいというのである。助役の羽生は外出中で、他に相談すべき者もいないので、ちょうど退け際でもあるし、余は学校へ行ってみることにした。
 冬の寒風吹きすさぶ暮方であった。余が小使にみちびかれて職員室に入ると、外套を肩からかけて股火鉢をしていた女性がいたが、それが彼女であった。余を見ると軽く会釈し、
「退屈したから電話かけちゃったわ。日直なんですよ。ほかに用もないし、たばこもつきちゃったから、吸いがらを拾って吸って、中学校の職員室の火鉢もひッかきまわしてきたんです。たかるにも誰もいないし、カモがこないかなと考えてるうち、ふッとあなたに電話しちゃッたわけね。村長さん。ごきげんいかが? 役場は面白いですか」
「吸いがらを吸う?」
「そう。きせるで吸うのよ」
「ははあ。ふだんきせるを腰にぶらさげておいでかな」
「まさか。男の先生の抽出しから見つけてきたのよ。あなたたばこ持ってる?」
 余は彼女に悪感情を覚えなかった。なるほど世評の如くにお行儀はよろしくないが、ざっくばらんで、面白い女性ではないか。
 余が懐中よりたばこをとりだして与えると、彼女はにこにことうちよろこび、
「予想通り、甘いわね。たかりすぎたせいか、よその村の人でないとたばこをくれなくなったわ」
「そんなにたばこがお好きか」
「馬鹿云うわね。ほかに何かすることがあると思うの」
「読書したまえ。教育者には読書が必要だね」
「小学校の先生に必要なのは腕ッ節だけよ。次に、教育者の自覚としては物々交換ということかな。与える者は取るべし。あなたには何も与えないけど、この村の物はたいがい貰っていいような気持にさせられるわね。たばこなんかお金をだして買うものだとは思えないわ。みんなただみたい」
「あなたはお金で何を買うね」
「買うほどのお金もくれないくせに。ほら。ごらんなさいよ。これが二十五歳の未婚の女性の服装よ。胸にも、腕にも、スカートにもつぎはぎがあるでしょう。胸と腕の
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