すよ。王様がふとんをひッかぶってねていたり、お尻だけだして便所にしゃがんでいたりするの、おかしいわよ。土と藁の中から目をさまして這い出してくる方が、よっぽど王様らしいや」
「私も自棄を起した覚えはあるが、結局熱湯はやけどするばかりで、飲むことも浴びることもできないのだね。生きるためにはぬるま湯に限るものだ。無為無能と観ずればたたみの上で平凡に夢が結べる」
「おじさま。お子さまは?」
「嫁に行ったよ。死んだ男もいる」
「この前、いつ、使ったのかな。おじさまなんて言葉。甘えたくなったのかしら。人をだます力が欲しいや」
「私の家へきて、休養しなさい」
「駄目なんです」
「なぜだね」
「土と藁の中から目をさまさなければいけないから。時々、たばこいただきに行きますわ。藁の中で見た夢、話してあげましょう。おばさまに、よろしく」
 マリ子は背のびを一つして、立ち去ったのである。
 余は墓地から山径をとって家へ戻った。道々余はマリ子ならびにその家族を無理にもわが家へ案内すべきではなかったかと後悔したが、余の語る話をきいた家人が、
「どうして御案内なさらなかったのですか。私が行ってお連れ致して参りましょう」
 と立ち上りかけるのを見ると、余の心は変ったのである。
「放っておきなさい。悲しいかな。私たちにはあの娘の行うことを無理にひきとめるだけの位がない」
「こんなことに位なんかがいりますか」
「左様。私は百姓の倅に生れ、半生軍人であったが、藁にもぐって寝ることを志すような勇気ある決断を選ぶことを知らなかった。あの娘に忠告するのは、私の身にあまることだと思うよ」
 余は不覚にも泣きぬれてしまったのである。余の一生は、愚かのままに、すでに過ぎ去ってしまったのだ。もはや取り返すすべもない。
 余は男子であり、軍人であったが、マリ子の如くに身を挺して事に処する態度に於ては全く欠くところがあったようだ。今日、老残の身をもてあましているのもいわれなきではない。わが過去に於てマリ子の片鱗だにあらば、なお救いのあろうものをと思った。

       3

 マリ子とその家族は土間の宿直室へ戻って住んだ。病人の弟だけは手製の寝台にふとんをしいてねているが、マリ子とその母は押入にねているとも云われ、土間に藁をしいてもぐりこんでいるとも云われ、諸説紛々であった。
 羽生や根作らは意外の結果におどろいた。再
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