よーくこの顔をごらん下さい。これが三高吉太郎でございます。(ヨー色男という者あり)イエ、ワタクシは色男ではございません。(ケンソンするなという者あり)ワタクシはよーく自分をわきまえておりますが、顔も頭もフツツカ者でございます。(人々ゲラゲラ笑う)たとえワタクシが代議士に当選いたしましても、日本の政局に変化はございません。(当り前だという者あり。人々益々笑う)ワタクシは再軍備に反対でありまするが、日本は再軍備をいたしましては、国がもちません。まず国民の生活安定(以下略)」要するに新聞紙上に最も多く見出される再軍備反対要旨につきる。なんらの新味もなく、過激なところもない。おまけに、弁舌は至って冴えない。
「なんのための立候補だろう?」
 どうにも理解に苦しむのだ。直接本人に当ってみようと彼は思った。新聞記者の悪い癖だ。直接本人に当ったところで、本音はきける筈がない。まして裏に曰くがあれば、本音を吐かないばかりでなく、詐術を弄するから、ワナにかかる怖れもある。本音を知るには廻り道。それを知りながら、むやみに当人に会いたがるのが記者本能というものだ。
 寒吉は夜分三高木工所を訪れた。取次に現れたのは四十がらみの人相のわるい男であったが、彼の名刺を受けとって、
「オヤ。新聞記者? 新聞記者か。アハハ。新聞かア。アハハ。アハハア。アハハハハハ」
 彼の素ットンキョウな笑いは止るところがなくなったようである。その笑い声が寒吉をみちびき、奥の部屋で主人に紹介を終っても、笑い声は終らなかった。三高はイヤそうに顔をしかめたが、笑い声を制しなかった。選挙中は何事も我慢専一という風に見えた。
「立候補の御感想を伺いに参りましたが」
「まアお楽に」候補者らしく如才のない様子だが、それがいかにも素人くさい。それだけに、感じは悪くなかった。
「立候補ははじめてですか」
「そうです」
「どうして今まで立候補なさらなかったのですか」
「それはですね。要するに、これはワタクシの道楽です。ちょッとした小金もできた。それがそもそも道楽の元です。金あっての道楽でしょう。御近所の方々もそれを心配して下さるのですが、ワタクシはハッキリ申上げています。道楽ですから、かまいません。かまって下さるな。ワタクシに本望をとげさせて下さい、と」
「本望と申しますと?」
「道楽です。道楽の本望」
「失礼ですが、ふだんからワタ
前へ 次へ
全15ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング