るから、馬吉は益々物欲しくなるばかりである。
「なア、熊さん。ホーバイのヨシミじゃないか。センベツ包んでくんないか」
「よしやがれ。消えて失せろといったら、分らねえのか」
 馬吉はあきらめて歩きだした。どうも仕方がない。どうせ盗むなら、勝手知ったるこの小屋が心易くていいのだが、監視厳重だから、どうにもならない。出口に楽屋番が睨みつけて、早く出て行けという気勢をすさまじく示している。
「なア、オイ。ヨシミじゃないか。いくらか包んでくれねえか、センベツよ。恩にきるよ」
 どうせムダとは分っているが、思うことは言ってみる必要がある。楽屋番は返事の代りに裏口の扉をあけて、彼の襟クビをつかんで、突き放した。彼がよろけているうちに、扉がしまった。そんなことは、もう、問題ではない。

 彼は柄にもなくヨシミだのホーバイだのといったことに気がついてキマリの悪い思いをした。義理人情はつまらぬものだ。ドイツもコイツも見上げたサムライばかりである。人生はそういうものだ、と、彼は自分のウカツさを苦笑した。
 さて、オレもサムライにならなきゃいけない。サムライとは何ぞや。椎名町帝銀犯人氏などがアッパレなサムライであろう。彼は路上に煙草の吸いがらを見つけて拾った。ライター屋のライターをちょッと拝借して火をつける。相済まん。許せよ。ライター屋の売子はちょッと可愛い娘である。ビックリして目の玉を大きくしている。ちょッとカラカイたくなって、ライターを、ポケットへ入れる。アッと叫びそうになる。
「ヘッヘッヘ。うそだい」
 ライターを置いてニヤリとウインク。いきなり、コツンとなぐられた。
「おい、よせよ。冗談じゃないか」
「なめたマネしやがると、たゞはおかねえぞ」
 相手は二人。ライター屋の隣の店の店員らしい。ライター屋の娘に威勢の良いところを見せたいのかも知れない。
「ヘッヘッヘ」
 馬吉は無抵抗主義である。退歩主義と共通のもので、進取の気象などゝいうハデなものがなくなれば、誰しもそうなる文明の極致なのである。
 彼はうまいことに気がついた。品川一平のアパートへ行く。監理人からカギをかりる。昨日まで同居していた仲であるし、ここまでオフレがまわっている筈はないから、疑われる心配はない。うまうまと成功した。
「エッヘッヘ。とにかく、あいつは甘いよ。みんな目クジラ立てている最中に、あいつだけゲラ/\笑ってい
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