と信じてゐた。その時でも、自分の壕ならともかく直撃されない限り持つと思つてをり、手をあげて這ひだして、ヨボ/\の年寄だから助けてやれ、そこまで考へて私達に得意然と吹聴して、金を握つて、壕に金をかけない人間は馬鹿だね、金は紙キレになるよ、紙キレをあつためて、馬鹿げた話さ、さう言つてゐた。だから私はカマキリに言つてやつた。この時の用意のために壕をつくつておいたのでせう。御自慢の壕へ住みなさい。
「荷物がいつぱいつまつてゐるのでね」
と、カマキリは言つた。
「そんなことまで知りませんよ。私達が焼けだされたら、あなたは泊めてくれますか」
「それは泊めてやらないがね」
と、カマキリは苦笑しながら厭味を言つて帰つて行つた。カマキリは全く虫のやうに露骨であつた。焼跡の余燼の中へ訪ねてきて、焼け残つたね、と挨拶したとき、あらはに不満を隠しきれず、残念千万な顔をした。そして、焼け残つたね、とは言つたが、よかつたね、とも、おめでたう、とも言ふ分別すらないのであつた。いくらか彼の胸がをさまるのは、どうせ最後にどの家も焼けて崩れて吹きとばされるにきまつてゐるといふことゝ、焼け残つたために目標になつて機銃にやられ、小型機のたつた一発で命もろとも吹きとばされるかも知れない、といふ見込みがあるためであつた。俺の壕は手ぜまだからネ、いざといふとき、一人ぐらゐ、さうだね、せゐぜゐ、あんた一人ぐらゐ泊めてやれるがネ、とカマキリは公然と露骨に言つた。
私は正直に打開けて言へば、もし爆弾が私たちを見舞ひ、野村と家を吹きとばして私一人が生き残つても、困ることはなかつた。私はそのときこそカマキリの壕へのりこんで、カマキリの家庭を破滅させ、年老いた女房を悶死させ、やがてカマキリも同じやうに逆上させ悶死させてやらうと思つてゐた。それから先の行路にも、私は生きるといふことの不安を全然感じてゐなかつた。
私は然し野村と二人で戦陣を逃げ、あつちへヨタ/\、こつちへヨタ/\、麦畑へもぐりこんだり、河の中を野村にだいて泳いでもらつたり、山の奥のどん底の奥へ逃げこんで、人の知らない小屋がけして、これから先の何年かの間、敵のさがす目をさけて秘密に暮すたのしさを考へてゐた。
戦《いく》さのすんだ今こそ昔通りの生活をあたりまへだと思つてゐるけど、戦争中はこんな昔の生活は全然私の頭に浮んでこなかつた。日本人はあらかた殺され、隠れた者はひきづりだして殺されると思つてゐた。私はその敵兵の目をさけて逃げ隠れながら野村と遊ぶたのしさを空想してゐた。それが何年つづくだらう。何年つゞくにしても、最後には里へ降りるときがあり、そして平和の日がきて、昔のやうな平和な退屈な日々が私達にもひらかれると、やつぱり私達は別れることになるだらうと私は考へてゐた。結局私の空想は、野村と別れるところで終りをつげた。二人で共しらが、そんなことは考へてみたこともない。私はそれから銘酒屋で働いて親爺をだまして若い燕をつくつてもいゝし、どんなことでも考へることができた。
私は野村が好きであり、愛してゐたが、どこが好きだの、なぜ好きだの、私のやうな女にそれはヤボなことだと思ふ。私は一しよに暮して、ともかく不快でないといふことで、これより大きな愛の理由はないのであつた。男はほかにたくさんをり、野村より立派な男もたくさんゐるのを忘れたためしがない。野村に抱かれ愛撫されながら、私は現に多くはそのことを考へてゐた。しかし、そんなことにこだはることはヤボといふものである。私は今でも、甘い夢が好きだつた。
人間は何でも考へることができるといふけれども、然し、ずいぶん窮屈な考へしかできないものだと私は思つてゐる。なぜつて、戦争中、私は夢にもこんな昔の生活が終戦|匆々《そうそう》訪れようとは考へることができなかつた。そして私は野村と二人、戦争といふ宿命に対して二人が一つのかたまりのやうな、そして必死に何かに立向つてゐるやうな、なつかしさ激しさいとしさを感じてゐた。私は遊びの枯渇に苛々し、身のまはりの退屈なあらゆる物、もとより野村もカマキリもみんな憎み、呪ひ、野村の愛撫も拒絶し、話しかけられても返事してやりたくなくなり、私はそんなとき自転車に乗つて焼跡を走るのであつた。若い職工や警防団がモンペをはかない私の素足をひやかしたり咎めたりするとムシャクシャして、ひつかけてやらうかと思ふのだつた。
けれども私の心には野村が可哀さうだと思ふ気持があつた。それは野村がどうせ戦争で殺されるといふことだつた。私は八割か九割か、あるひは十割まで、それを信じてゐたのだ。そして女の私は生き残り、それからは、どんなことでもできる、と信じてゐた。
私は一人の男の可愛い女房であつた、といふことを思ひ出の一ときれに残したいと願つてゐた。その男は私を可愛がりながら
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