つて、片足を宙ブラリンにする必要があつた。私は重たく苦しかつたが、彼が私によりかゝつてゐることを感じることが爽快だつた。焼跡は一面の野草であつた。
「戦争中は可愛がつてあげたから、今度はうんと困らしてあげるわね」
「いよいよ浮気を始めるのかね」
「もう戦争がなくなつたから、私がバクダンになるよりほかに手がないのよ」
「原子バクダンか」
「五百|封度《ポンド》ぐらゐの小型よ」
「ふむ。さすがに己れを知つてゐる」
 野村は苦笑した。私は彼と密着して焼野の草の熱気の中に立つてゐることを歴史の中の出来事のやうに感じてゐた。これも思ひ出になるだらう。全ては過ぎる。夢のやうに。何物をも捉へることはできないのだ。私自身も思へばたゞ私の影にすぎないのだと思つた。私達は早晩別れるであらう。私はそれを悲しいことゝも思はなかつた。私達が動くと、私達の影が動く。どうして、みんな陳腐なのだらう、この影のやうに! 私はなぜだかひどく影が憎くなつて、胸がはりさけるやうだつた。[#地付き](新生特輯号の姉妹作)



底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「サロン 第一巻第三号」
   1946(昭和21)年11月1日発行
初出:「サロン 第一巻第三号」
   1946(昭和21)年11月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年5月5日作成
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