いんだ。俺の自殺なんて全くだらしがないことなんだ。俺は意気地がないのだよ」
 と当太郎は少年の無邪気な哄笑に破顔しながら言つた。
「自殺する藪さんつて、ほんとの藪さんぢやないのよ。ほんとの藪さんは単純で無邪気よ。単純な人が人真似に勿体ぶつて複雑さうな顔をすると、死ぬよりほかに恰好がつかなくなつてくるのよ。あたしがさうよ」
 と、弥生は急に甲高い声で喋りはじめた。
「ほんとに藪さんに会ひたかつたわ! 今くるか、今くるかと待つてゐたのよ。たうとう泣いちやつたわ」
「ところが俺の方ぢや、君の倍くらゐ会ひたいと思つてゐたのだ」
「ぢや、なぜ一人でこなかつたの?」
「会ひたいことと、会ひに行くことは、まるつきり別のことだよ。ほんとに会ひたいと思ふ人には、会はなくとも会つてゐるのだ。いや、会はない方が、その人のほんとの姿に会つてゐることになるんだよ。顔を見なけりや会つたことにならない人は、心から欲しかつた人ぢやないのだ」
「だつて、あたしの方ぢや藪さんの顔を見なけりや会つた気持になれないわ」
「さうなんだ。だから俺がこうしてのこ/\やつてくる。さうすると――さうだ、会つてみたつて君はたいして面白くもなんともないぢやないか。君は俺を好いてるわけでもなんでもないんだ。それでいいんだよ。だけど、俺がここへ来たのは、君の顔を見たい気持が多かつたのさ」
「さうよ、さうよ。あたしは藪さんが好きなわけぢやないのよ。だけど――藪さんはよく分つてゐるわ! さうよ。ほんとに完全に好きぢやないわ。藪さんがあたしのハズだなんて、考へただけでも笑ひたいことなんだわ」
 弥生は白痴のやうな単純そのものの喜悦を眼にみなぎらし、情熱のこもつた甲高い声で叫びつづけた。
「でも、ほんとに藪さんはよく分つてゐるわ! あたしね、藪さんが来てくれないつて、わあん/\泣きだしちやつたのよ。そりや、ほんとよ! 藪さんの来てくれないのが確かに淋しかつたのよ。だけど藪さんが好きなわけぢやなかつたの。でも藪さんがやつてきたら、しよつちうあたしを好いてるやうに仕向けやうと考へてゐたわ。相当のことを考へてゐたのよ」
「さうさ。そんなことは白状しなくつたつて分つてゐますよ。子供のくせに一人前の女ぶつて、今からそんな風ぢや、困りもんですよ。だけどすつかり白状するところは、あんたもすこし可笑しいよ」
「さうなのよ……」
 弥生は袂に口を押
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