し倒して力を鍛えたり、木立を相手に立廻りの稽古に没頭したり、日が暮れるまで山で遊んでいる。先輩の坊主にこの乱行を見届けられて、
「キサマ、坊主の身でありながら、鳥獣を殺して食うとは何事だ」
「イエ、ありがたい経文を唱え、引導をわたして食べますから、成仏ができてありがたいと云って鳥獣がオナカの中で手をついて礼をのべております」
箱根の別当はこれをきいて、子供のころの暴れん坊は大人になると案外大物になるものだ。将来見どころがあるようだから、ナニ、子供のうちは仕放題にやらせておけ、と笑ってすましてくれた。そのおかげで、箱王は十一から十七の年まで箱根山中でたらふく肉を食い大いに鍛錬して育つことができた。ついに身長六尺、力の底が知れないという怪童ができあがった。谷底へ大石を突き落す、大木をひッこぬく、強弓の遠矢は目にもとまらず谷を渡るというグアイで、箱根の山は連日噴火か地震のよう。師の坊もたまりかね、
「お前も大人になる年頃だから京都へ行って得度して一人前の出家になりなさい。明日その垂れ髪を切り頭を丸めて、京都へ出発だ」
冗談にも程があると箱王は思った。毎日存分に肉をくい、仕放題ができるから寺にいてやったのに、坊主になれとはとんでもない。坊主の得度は武士の元服と同じものだ。髪を切られないうちに逃げだして、得度の代りに元服いたそうと腹をきめた。
さっそくその夜のうちに箱根の山を逃げ下りて、兄十郎の閑居の戸を叩いた。一万はすでに元服して十郎となり、別に一軒をもらって閑居している。
「箱王ではないか。夜中《やちゅう》にどうした」
「明日頭を丸めて坊主にするというものですから逃げてきました。坊主になっては父の仇も討てませんからね。坊主になる代りに元服したいと思うのですが」
「それがよい。では即刻鎌倉へ参り北条どのにお願いして烏帽子親になっていただこう」
その夜のうちにうちつれて出発、北条時政を訪ねて元服の式を終り、ここに箱王は五郎|時致《ときむね》となった。
兄弟は大喜び。いよいよ力を合せて父の仇討ちに精を入れようというわけで、まず元服の報告に母を訪ねると、喜んでくれるかと思いのほか、母はにわかに顔面蒼白、気を失わんばかりによろめく身体をようやく支えて、
「出家して父の後生を弔ってくれるかと思いのほか、一人ぎめの元服とは言語道断。私には箱王という子供はあったが、五郎時致なぞ
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