だなんて、誰一人きてくれやしませんよ。みんな、やられてるんです。地廻りのグレン隊じゃ歯が立たないんですよ。私、どうしようかと思ってね。ほんとに天の助けだわ。十郎さんに急場を救っていただいてお嬢さんの胸のつかえを取り去ってあげさせようという天の配剤、それでたぶん天がお嬢さんにタンカをきらせたんですよ。早く、なんとかしてあげて下さい」
「拙者は事情あって一命を大切にいたさなければならない身、かりそめにも暴漢ごときと事を起すわけにはまいらぬ」
「何が、拙者だ。オタンコナス。二世を誓った愛人が悪漢相手に苦しんでるというのに、事情あって、一命。ヘン。愛より深い事情があるか。唐変木」
「よく口のまわる女だ。しかし、心配なことではあるな」
「当り前じゃないか。やい、男なら、何とかしろ。さもないと、私がタダじゃアおかないよ。女と思って見くびるな。向う脛をかッ払うぞ」
「まて、まて。その方と事を起すのは好まぬ。事情あって、拙者は一命を大切に……」
「オタンコナスめ」
白拍子が打ってかかろうとすると、軽くその肩を押えた五郎。
「ム。痛い。ウーム、この野郎、なんてい馬鹿力だ。よせやい。動けねえや。痛いよ」
「オレは事情あって事を起すのが好きだな。オレをお前のウチへ案内しろ」
「コレ。五郎。一命を大切に……」
「一命を大切にしてるよ。ただ、事を起すだけだよ。早く、案内しろ。悪侍を退散させてから居候になるつもりだから、毎日うまい物を山盛りくわせるのを忘れるな」
「お前さんは誰だい」
「箱根の天狗だ」
「よーし。気に入った。さア、おいで」
「コラ、待て。五郎。一命を」
「大切にするよ」
女と五郎は走りだす。物見高い連中が後を追って走りだす。仕方がないから十郎は半分歩いて半分走って、一命を大切に――呟きながら足をひきずっている。
長者の門前へ来てみると、今しも親分格の奴がズカズカ上って虎を軽々と押えつけているところだ。門をはいった五郎、悪侍によびかけた。
「オーイ。コラ、コラ。蛸の足」
「なんだと」
一同ふりむいてみると、雲つくような大男がニコニコ笑って立ってるから、
「蛸の足とは、なんだ」
「八人だから、蛸の足だ」
「なるほど」
「オレは当家の居候だ。オレに断りなく上ってはこまるな」
「断って上るが、よいか」
「オレはよいが、オレの手に持つものに、きいてみろ」
「手に何も持たんじゃない
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