カイがない。そこで彼は新聞の販売店へでかけて行った。販売店のオヤジは世の中には物の道理の分らない奴がいるものだとつくづく呆れたのである。
「新聞配達は子供のアルバイトだよ」
「大人の配達だって、ないわけじゃアなかろう」
「東京のように広い区域があってだな。どこのウチも新聞をよんで、新規に別の新聞も読みたいような心得の人間がウジャ/\いるところには大人の配達もいるかも知らねえ。オレんところなんざア、できれば犬に配達させたいと思ってるんだ」
「いいんだよ。つまりオレを大人と思うからいけねえ。オレを子供と思いなよ」
「給料をきいておどろくな。一時間が十円、三十分以下は切りすてだから、朝晩二十円ずつだぜ。田舎のガキにしちゃア高給だが、やっぱり志願者は少い方だ」
「一日四十円か。一ヵ月が千二百円。アブレないから確実だなア。どうだろうね。オレは日に十五時間配達するから百五十円ずつくれねえかなア」
「朝晩の定まった時間内にキチンと配達するから新聞てえんだ」
「どうも、こまったな。じゃア、こうしよう。夜の八時に毎日ここへくるから、諸新聞を読ましてもらいてえな」
「オレの店は新聞を売る店だ。タダで新聞を読まれちゃ商売にならねえや。タダで見せてくれるウチを探してよめ」
 人生案内が読めなくては書くハリアイもない。石にかじりついても新聞を購読できるような身分にならなくちゃいけないと思ったが、そんな遠大なことを考えたって、この差し当っての悩みは救われない。
 彼はつくづく世の定めを呪いまた嘆いたのである。人生の実際の悩みというものは、どうも筆にならない性質のものらしい。人生案内へ投書するために新聞が読みたいのであるが貧乏で買うことができない。新聞販売店のオヤジは自分が日に十五時間働くと云っても雇ってくれない。この悩みを解決して下さいと書けばこれは偽らぬ煩悶であるが、こんなくだらない悩みは書きたくない。しかし、くだらない悩みとはまことにもってのほかで、自分にとってはカケガエのない切ない悩みであるが、投書家の見識をもってすれば確かにくだらぬ悩みであるから仕方がない。紅血や熱涙したたるような大物でなければならないものだ。
「なア、お竹。物は相談だが、お前、料理店へ奉公しねえかなア。ハリ紙を見たから聞いてみたんだが、これは一流の料理店だ。何百人も宴会できる大広間からコヂンマリした四畳半まで何十と部
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