ら、一応女を診察室へ呼び入れて様子を見ると、なるほど普通じゃない。人間どもがみんなバカに見えるらしいのである。
「何ですか。お前は偉そうな顔をして。私がジッと睨んでやると、お前なんか、ほら、たちまち掌の上の小人のように小ッちゃくなるんだから」
女は大巻先生を変に色ッぽく睨みつけて、カラカラと高笑いした。
「ここ、病院でしょう?」
「そう」
「フン。私がお前を見てあげるから、ピンセルチンを出しなさい」
「ピンセルチン?」
「お前の病院には、ないでしょう。じゃア、聴診器や体温計はいらないから、メスをだしなさい。お前の悪い血をとってあげる」
危険思想を蔵している様子であるから、大巻博士も面くらい、折よく診察を乞いにきた呉服屋の番頭の日野クンという如才のない人物に見張をたのんでレントゲン室へ遠ざけた。さて、安福軒をよんで、
「君もひどい人だね。私に以前イヤな思いをさせといて、オクメンもなく女をつれてくるなんて」
「イエ、それがね。アレが先生のお噂をするんですよ。先生にお会いしたいなんてね」
「ウソ仰有《おっしゃ》い。私の顔を覚えていない様子じゃないか」
「今はそうですけど、そこはキチガイのことですもの。それは、あなた、時によっては、先生のことをとても深刻に思いだすらしい様子ですよ」
たぶんチャランポランだと思うけれども、安福軒の口にかかると、なんとなく嬉しいような気持になるのがシャクである。しかし、いつも舐められていたくないから、タダ追い返すのは面白くない。今回は仕返しにイタズラしてやろうと大巻先生は思いついたのである。
「しかし、君の彼女はキチガイになって益々気品が高まったじゃないか。私を見下してカラカラと笑った様子なぞ、キチガイというよりも、神人《しんじん》的だね。私はゾッとしましたよ。何か威に打たれたような思いだったよ」
「そう云えば、気品と色気は益々横溢しているようですな」
「彼女を精神病院へ入れるなんてモッタイないね」
「なぜですか」
「君も目ハシの利く商人に似合わず迂遠な人だね。彼女に神人の性格を認めないかね」
「つまり教祖ですか」
「左様、左様。医者の使う道具や薬の中にピンセルチンなんてものは存在しないが、あれはたぶん作語症というのだろう。自分独特の言葉をもっているのだよ。これも神人の性格じゃないか。人間どもがみんなバカに見えて、睨みつけると、掌に乗ッか
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