の資格に欠けてゐるのである。だから、これを真正直に発音した方で、拍子が抜けて、「ン」の奴に馬鹿にされたやうな、間の抜けた感じなのだ。
ふと、このことに気がついたから、然らば、ひとつ、天下のインテリ共を「ン」の字でもつて飜弄し、みんなに「ン」の字を発音させて、厭世感を深めさせてくれたら、さだめし面白からうと考へた。雑作もないことだ。都新聞に「ン」の匿名で書けばよい。翌朝、僕がまだ寝てゐるうちに、厭世者が続出してゐることになる。そこで、原稿を拵へて、意気揚々、都新聞社へでかけた。
「ねえ、君」と、僕は得意になつて北原に言つた。「この匿名を読んでごらん。拍子抜けがするだらう。一人前の字ぢやないんだね。張合がなくて、甜《な》められたやうな、なさけない気持にならないかね。だから、君、読者をみんな悩ましてやるのさ」
北原は原稿を睨んでゐたが、暫く黙然、怪訝な顔をしてゐる。
「これはウンといふ字だね?」
「え?」
「ウンといふ字ぢやないのか?」
北原は自分が間違つたのぢやないかと赧《あか》らみながら言つたが、僕はピストルでやられてゐた。ンをウンと読む奴があらうとは! なるほど、ウンなら一人前だ
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