壊作用は破壊によって内包の増大を促し、建設の萌芽的役割を務めることによって足りる。
 文学は常に問題を提出する。文学そのものに解決はない。なぜなら人間の血と肉は歴史の終局に於て解決すべきものであって、概念の中に解決すべきものでない。
        *
 現在プロレタリア文学は、その反逆的な闘争的な点に於て一つの意義と役割をもつが、人間を安易に仮定し、文学の唯一の領域たる個体を、血と肉に縁のない概念の中へ拉し去り曖昧化し、科学への御用的役割を務めるのは凡そ意味ない。文学本来の面目に反している。
 現在ソヴィエト・ロシヤに於て文学に課せられた一つの課題は社会的な感情を探り出し書きあらわすことであるというが、文学の反逆的な役割を巧に瞞着した為政者の手腕もさることながら、漠然として社会感情を探しあぐねるロシヤ作家のだらしなさは滑稽である。文学は永遠に政治に対する反逆である。個人のために血と肉の人間悲劇を語らなければならない。
 日本のプロレタリア文学は一つの宣伝文として或いは有効である。なぜなら科学と協力し妥協することによって、一つの昂奮をもたらすことはできるから。しかしそれは文学本来の昂奮でなく、感銘でない。寧ろ完全に非文学的なものである。やがて政治の御用文学となるそれ[#「それ」に傍点]である。それはもはや文学でない。

    そのものによる批判

 芸術は反逆精神のあらわれであり、時代創造的な意志によって出発し、同時に意義をもつものであることを述べた。
 芸術は常に観念を変形せしめる。常に新らたな観念に拠って出発する。
 それ故、芸術の一作品は、他の作品に比較して批判さるべきものではない。古い観念に順って批判してはならない。芸術は常にそれ自身として批判されねばならぬ。
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 一フランス人の言葉によれば、ラムプを批判するのに椅子の効用に順って批判するのは滑稽であると。このラムプは腰かけることができない。それ故このラムプは良いラムプでないと言うのは滑稽である。然し此の滑稽は、他の形に於て、我々の日常に極めて普通に横行している。ラムプは常にラムプ自身の効用に順って批判されねばならぬのである。
 私は古い観念によって私の作品が判断されることを好まないばかりでなく、私の作品を、古い観念を固執する人々におしつけようとは決してしない。新らしい芸術は新らしい人々のために書かれている。現実をたのまず、自ら変化することを望む好学的な、そして私流の言い方で言えば、反逆的な、闘争的な、破壊的な人々のために書かれている。純粋な青年のために書かれている。
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 然し芸術は理論でない。芸術は理論的に説明し得るものではない。若し理論によって説明し得る芸術があるとすれば、それは本来芸術ではなかったのだ。芸術は芸術それ自らのもつ感銘によって読者に訴えるものだ。
 私は昨日までの二日間に於て、新らしき文学の本質問題を述べ、従来の末梢的な新興文学と称するものを否定し、プロレタリア文学を否定し無気力な老人趣味的文学を否定した。そして、反逆的な、それ故、時代創造的な意思によって、血と肉の人間悲劇を語るものが文学であることを述べた。私に許された紙数は至極簡単な、いわば骨組的な荒筋を述べるほかに仕方がなかったが、然したとえ幾十枚の紙数を許されたにしても、理論は結局理論でしかない。いかほど具体的に詳述するとしても、芸術家は芸術以外に武器はない。
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 今度我々九名の同志が新らしき文学の建設を意図して「桜の会」を結成し、機関紙「桜」を発刊した。我々の仕事はこれによって其の実際を知っていただきたい。
 私は確言するが、真実の文学は今我々の仕事のほかにない。
 諸君は私の此の言い方を愚な宣伝と冷笑してはならない。懐疑それ自身は別である、突きつめるところ、自信なく、且つ自己を主張せんとする因循な衒学的な気取りはもう私に必要でない。我々の時代には飛ぶ矢は常に飛んでいる。身をもってなす仕事には悔なく自分を主張しなければならぬ。雑誌「桜」を読んでくれたまえ。ここに真実の新らしき文学がある。
[#地付き]『時事新報』昭8・5・4〜6



底本:「坂口安吾選集 第十巻エッセイ1」講談社
   1982(昭和57)年8月12日第1刷発行
初出:「時事新報」
   1933(昭和8)年5月4日〜6日号
入力:高田農業高校生産技術科流通経済コース
校正:小林繁雄
2006年9月16日作成
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